保険学雑誌 第669号 2025年(令和7年)6月
デジタル化は,生保加入促進のチャンスとなり得るのか
有村 寛
■アブストラクト
コロナ禍は,我々の生活に様々な変化をもたらし,生保業界も大きな影響を受けた。なかでも,デジタル化の進展は著しいものがあった。
一方,日本では,世帯主が加入する平均死亡保険金額は減少の一途を辿っており,深刻な死亡保障不足が発生している,との指摘もある。生保加入を阻んでいるのは生保に対する理解不足と考えられる中,顧客特性に応じた情報提供,商品提案が解決のポイントと考えられるが,デジタル化の進展は,それらにどう貢献できるのか。
今後,生保各社に蓄積される顧客データは,飛躍的に増加すると考えられる中,AI等を用いてそれらを分析することにより,より効果的な情報提供・商品提案に結びつけられるのではないか。また,貯蓄から投資への流れの中で,保険を含めた金融商品に関する専門家への相談ニーズも高まってくることも考えられる。生保各社は,そのような時代の到来に備え,準備を進めるべきときを迎えているのではないだろうか。
一方,日本では,世帯主が加入する平均死亡保険金額は減少の一途を辿っており,深刻な死亡保障不足が発生している,との指摘もある。生保加入を阻んでいるのは生保に対する理解不足と考えられる中,顧客特性に応じた情報提供,商品提案が解決のポイントと考えられるが,デジタル化の進展は,それらにどう貢献できるのか。
今後,生保各社に蓄積される顧客データは,飛躍的に増加すると考えられる中,AI等を用いてそれらを分析することにより,より効果的な情報提供・商品提案に結びつけられるのではないか。また,貯蓄から投資への流れの中で,保険を含めた金融商品に関する専門家への相談ニーズも高まってくることも考えられる。生保各社は,そのような時代の到来に備え,準備を進めるべきときを迎えているのではないだろうか。
■キーワード
デジタル化の急進展,深刻な水準にある日本の死亡保障不足,データを活用した情報提供・商品提案
■本 文
『保険学雑誌』第669号 2025年(令和7年)6月, pp. 5 − 33
損害保険におけるデジタルによるビジネスモデル変革
~CXとDXの両立に向けて~
牧原 卓也
■アブストラクト
損害保険各社では,コロナ後の社会環境等におけるデジタル化の加速度的な推進にともない,デジタル・トランスフォーメーション(以下,DX)に取り組んでいる。本稿ではこれまでのDXの進展を振り返るとともに,今後のAIをはじめとする更なるデジタル化の進展をいかに顧客体験価値(以下,CX)の向上に繋げるかについて,当該領域や課題について考察した。
特に損保各社が有する膨大なデータ量をはじめとする専門性と,一方で顧客から期待される保険会社ならではの付加価値を想定した場合に,企業内及び顧客との接点において(今回は個人マーケットを中心に)コロナ後のデジタル化による変化を踏まえ,現時点で想定される生成 AI等のテクノロジーの進化が及ぼすプラスとマイナスの影響を踏まえ,十分に留意して取り組むことが必要である。
特に損保各社が有する膨大なデータ量をはじめとする専門性と,一方で顧客から期待される保険会社ならではの付加価値を想定した場合に,企業内及び顧客との接点において(今回は個人マーケットを中心に)コロナ後のデジタル化による変化を踏まえ,現時点で想定される生成 AI等のテクノロジーの進化が及ぼすプラスとマイナスの影響を踏まえ,十分に留意して取り組むことが必要である。
■キーワード
生成AI,CX(顧客体験価値),DX(デジタル・トランスフォーメーション)
■本 文
『保険学雑誌』第669号 2025年(令和7年)6月, pp. 35 − 51
情報通信技術の進展と保険業規制
安居 孝啓
■アブストラクト
近年の通信情報技術の進展は保険業の業容に大きな影響を与えており,保険業に係る規制監督も適切に対応していくことが求められる。こうした中,第1に,従来は書面主義が原則であった保険業法の規制が,2000年以降の電子政府の取組みや会社法制のデジタル化等に合わせて,電磁的記録や電磁的方法を許容するものに改められてきている。第2に,保険業のバリューチェーンにおける業務のデジタル化・自動化やビッグデータ分析の利用等の進展する情報通信技術の活用により,保険業の姿が進化している。こうした保険業の進化は,顧客利益の増進や業務の効率化に資する可能性がある一方で,差別や排除といった顧客の不利益や社会的不公正につながる危険,情報通信技術を理解し管理する人材の確保など,保険業の規制監督上様々な課題を提起する。
■キーワード
保険業法,電磁的記録,保険業のデジタル化
■本 文
『保険学雑誌』第669号 2025年(令和7年)6月, pp. 53 − 80
韓国「地方社」のその後
重原 正明
■アブストラクト
韓国では,海外への生命保険市場開放に合わせ国内市場の開放を図り,地方を拠点とした生命保険会社「地方社」が設立された。全国規模の新設会社「全国社」と合わせ,生保市場の多様化に寄与したが,それらの会社がその後どうなったかについては,アジア金融危機時の破たん処理を除いて考察を見ない。
調べたところ,多くの会社はアジア金融危機時に統合・整理されたが,地方社全国社併せて6つの会社が現存していることがわかった。多くが金融機関等の傘下に入り,地方社も地方を拠点とする会社という性格は失ったが,生保市場への参入を目指す会社のビークルとしての役割を果たしたことがわかった。
政策的な市場開放は他の保険市場でも起こり得ることであり,韓国の地方社・全国社の現状はそれらを考える上で参考とできるであろう。
調べたところ,多くの会社はアジア金融危機時に統合・整理されたが,地方社全国社併せて6つの会社が現存していることがわかった。多くが金融機関等の傘下に入り,地方社も地方を拠点とする会社という性格は失ったが,生保市場への参入を目指す会社のビークルとしての役割を果たしたことがわかった。
政策的な市場開放は他の保険市場でも起こり得ることであり,韓国の地方社・全国社の現状はそれらを考える上で参考とできるであろう。
■キーワード
韓国生命保険市場,保険市場開放,保険会社再編
■本 文
『保険学雑誌』第669号 2025年(令和7年)6月, pp. 95 − 112
明治中期における類似保険会社の実態について
—福岡県を事例として—
草野 真樹
■アブストラクト
日本では保険業の生成・確立期において,二度の類似保険ブームが発生した。本稿では明治中期に発生した二度目のブームについて,福岡県を事例に「商業登記公告」を用いて実態の把握と分析を試みた。その結果,旧商法施行期の約6年間において68社の類似保険会社が判明した。
この二度目のブームは広島県での弐銭講舎を起源とし,福岡県をはじめ各地に拡大した。旧商法期の保険会社は一般の会社と同様に扱われたため,類似保険会社のほぼ大半は書面契約かつ有限責任社員だけで設立が可能であった合資形態を採用した。当該期の類似保険は加入者を募り,加入者の間に規約に定めた事故・出来事が発生すると掛金を徴収して支払う仕組みであったため,資本の裏付けのない杜撰な設立が相次いだ。1897年以降,裁判所の命令により多くの類似保険会社は解散に追いやられるが,特段の罰則を受けず,再び類似保険を企てるグループも存在し,濫設に拍車をかけた。1900年,保険業法の公布・施行により合資・合名形態の保険事業は禁止された。しかし,その後も上記のような仕組みの類似事業は企てられ,本稿では類似保険問題は完全に解決し得なかったと考えた。
この二度目のブームは広島県での弐銭講舎を起源とし,福岡県をはじめ各地に拡大した。旧商法期の保険会社は一般の会社と同様に扱われたため,類似保険会社のほぼ大半は書面契約かつ有限責任社員だけで設立が可能であった合資形態を採用した。当該期の類似保険は加入者を募り,加入者の間に規約に定めた事故・出来事が発生すると掛金を徴収して支払う仕組みであったため,資本の裏付けのない杜撰な設立が相次いだ。1897年以降,裁判所の命令により多くの類似保険会社は解散に追いやられるが,特段の罰則を受けず,再び類似保険を企てるグループも存在し,濫設に拍車をかけた。1900年,保険業法の公布・施行により合資・合名形態の保険事業は禁止された。しかし,その後も上記のような仕組みの類似事業は企てられ,本稿では類似保険問題は完全に解決し得なかったと考えた。
■キーワード
類似保険,合資会社,商業登記公告
■本 文
『保険学雑誌』第669号 2025年(令和7年)6月, pp. 113 − 133
保険金受取の不確実性が保険需要に与える影響
植木 祐太
■アブストラクト
本研究は,保険金受取の不確実性が個人の保険需要に与える影響を理論的に分析する。従来の保険経済学では,保険金が確実に支払われることが前提とされてきたが,現実には免責条項や非付保損害,保険会社の倒産リスクなどの多様な要因により,損失を被ったとしても保険金受取が保証されるわけではない。本研究では,こうした不確実性のもとで個人の最適な保険選択を検討し,保険契約の不履行リスクが保険需要を低下させること,またその影響は付加保険料や設定する保険金額によって異なることを示した。さらに,保険金受取の不確実性が保険の財としての性質にも影響を及ぼし,従来の理論が示す「保険は下級財である」という結論が必ずしも成立しない可能性を指摘した。本研究の結果は,保険市場の安定性確保のために,リスク管理の透明性向上や規制の強化が契約者の信頼向上に寄与し,保険需要を増加させることを示唆している。
■キーワード
保険需要,期待効用理論,下級財
■本 文
『保険学雑誌』第669号 2025年(令和7年)6月, pp. 135 − 153
顧客本位原則に追加された補充原則
松澤 登
■アブストラクト
2024年9月に顧客本位原則が改訂され,プロダクトガバナンスに関する原則が補充原則として追加された。本稿は補充原則について解説・検討するものである。補充原則は,金融商品の組成会社が,金融商品の組成・販売・償還に至るまでのライフサイクルにおいて,顧客の最善の利益を確保するために遵守すべき原則を示したものである。補充原則に基づき,組成会社は商品組成時に想定される販売対象である顧客層の設定や,リターンに見合った手数料の設定などを適正に行う必要がある。また,組成後も当初想定した顧客層への販売がなされているかどうかや,手数料に見合った運用がなされているかなどを検証し,対応を検討する必要がある。他方で,金融商品の販売会社は商品の性格と顧客の属性を踏まえて適合性に沿った販売を行うとともに,実際に販売した顧客の属性などを組成会社に伝えるなどの責務を負う。
■キーワード
顧客本位原則,プロダクトガバナンス,補充原則
■本 文
『保険学雑誌』第669号 2025年(令和7年)6月, pp. 155 − 175