保険学雑誌 第652号 2021年(令和3年)3月

ニューノーマル・新たな社会変容とリスク観

森宮 康

■アブストラクト

 現代社会は2020年に入り,社会環境とのかかわりの中,新型コロナの感染拡大により政治・経済・医療等を含め,様々な活動領域においてコロナに関わるリスクの影響を考えざるを得ない状況下におかれた。三密回避の状況下,諸活動はコロナの伝播の波に揺さぶられ,社会環境はコロナの影響を含めつつも,経済・経営・金融・雇用・国際等の環境の変化のもと,活動を展開せざるを得ない現実がある。経営体に関わる「重要な課題」について表示したが,ICT・IoT(テレワーク等)を含め,法律・生産・雇用・金融・保険・情報・医療・技術・運輸・地政学・国際関係等々において様々な経営に関わる業務上の変化が生じている。そこにはコロナだけでなく経営上様々なリスクが存在している。しかも現代社会においては,金融の世界で仮想通貨やIoT(情報技術+ファイナンス)・ブロックチェーン技術等が日々進展(取引記録台帳の暗号化や中央銀行・取引機関が介在しない金融インフラの登場)しており,そうした社会変容の中でリスク観を考えていかねばならぬといえる。

■キーワード

 ICT・IoT,社会変容,リスク観

■本 文

『保険学雑誌』第652号 2021年(令和3年)3月, pp. 1 − 17

保険教育,保険リテラシーと保険購入行動

—リスクに備える手段としての保険への理解を深めるために—

家森 信善

■アブストラクト

 本稿は,まず,保険リテラシーについての先行研究をサーベイし,保険リテラシーとして,リスクの認識,保険知識および,それを基にする保険行動を含めることが標準的であることを確認した。また,保険知識と金融知識とは必ずしも同じものではなく,金融知識を高める金融教育だけでは保険知識は高まらず,保険教育が必要であるという点も先行研究のコンセンサスであることを指摘した。次に,日本における保険リテラシーの調査結果を基にして,保険知識について自信を持たない人が大半で,客観的な指標でみても保険知識が乏しいこと,とくに若年層や学生の保険知識が乏しいことを指摘した。そして,この改善のために,新旧の学習指導要領を分析し,さらに筆者が行った学校教員向けアンケートを使って保険教育の課題を分析した。

■キーワード

 保険教育,保険リテラシー,保険行動

■本 文

『保険学雑誌』第652号 2021年(令和3年)3月, pp. 19 − 45

生活者のリスク認知とリテラシー

—近代保険会社誕生から140年を迎えて—

畔上 秀人

■アブストラクト

 本稿は,日本初の近代的保険会社が設立されてから現在に至るまでの間に,生活者がリスクをどのように捉え,またリスク・マネジメントの代表的手法である保険をどのように理解してきたのかについて,様々な角度から議論を試みるものである。日常的に生活者の目に触れる新聞や小説等に記された内容から,安定した収入という意味での「恒の産」は生活者の冷静な行動の基盤となり,それを逸失するリスクに備える保険の重要性は早くから認識されてきたといえる。しかし,必ずしも十分とはいえない金融・経済リテラシーと,それによって生ずる保険に対する誤解は現在まで存続していると考えられる。定量的にも,生命保険の人口当たり契約金額等は地域によって格差があり,全国消費実態調査の集計データを用いた分析では,新聞への支出額が保険保有額と有意な正の相関があることが示された。

■キーワード

 リスク認知,リスク選好,金融・経済リテラシー

■本 文

『保険学雑誌』第652号 2021年(令和3年)3月, pp. 51 − 73

人生100年時代における金融リテラシーと保険の役割

中川 忍

■アブストラクト

 本稿は,超高齢化社会が到来する中で,日本経済が持続的成長を実現するために,年金や保険などの金融に関する知識(リテラシー)を高めることの重要性を指摘する。具体的には,近年,老後や将来に対する不安や不確実性が高まっている結果として,家計の予備的貯蓄が増加しており,最適な消費・貯蓄行動が制約されている可能性を問題視した。とくに,こうした不安や不確実性を引き起こしている要因のうち,単に年金や保険,さらには資産運用についてのリテラシー不足に起因する部分が相応に存在している点に注目している。金融教育は,金融リテラシーを有意に高める機能を有しており,平均寿命が長期化する中で必要となる老後に向けての資産形成にも有用である。学校教育や社会人講座などの場において,産官学金が積極的に連携・協働し,対面のみならず,オンライン・デバイスなども有効に活用して,金融教育を日本全国で格差なく拡充していくことが望まれる。

■キーワード

 予備的貯蓄,金融・保険リテラシー,金融教育

■本 文

『保険学雑誌』第652号 2021年(令和3年)3月, pp. 75 − 89

中学生・高校生に対する「生命保険」に関する金融リテラシー向上に向けた取り組み

斉藤 数弘

■アブストラクト

 新学習指導要領の実施や成年年齢の引き下げにより,中学生や高校生を取り巻く社会環境が大きな変化を迎えようとしている。新学習指導要領には,中学校の社会科,高等学校の公民科・家庭科の解説部分に,「民間保険」や「自助・共助・公助」に関する記述が新たに追加された。学校で「生命保険」を取り扱うにあたり,各教科によって特徴はあるものの,共通点としては,「生命保険」だけ単体で教えたり,学ぶのではなく,各教科の生命保険以外のキーワードと結び付けていくことが重要であると考える。生徒にとってだけではなく,教員側にとっても,「生命保険」を授業で取り上げる際の重要な要素と考えられる。中学生・高校生の「生命保険」に関する金融リテラシー向上を図るためには,社会環境の変化にあわせて,学校現場が求めるものを的確に把握したサポートが今後鍵となるだろう。

■キーワード

 中学生・高校生,生命保険,金融リテラシー

■本 文

『保険学雑誌』第652号 2021年(令和3年)3月, pp. 91 − 111

金融・損害保険リテラシーの向上に係る取組み

山本 真史

■アブストラクト

 損保協会が行っている損害保険リテラシーの向上に係る取組みから,リスク認知と金融リテラシーの状況を確認する。2022年4月からの成年年齢の引下げを踏まえ,高校生を対象に教員が実践する教材を作成し,授業で取り上げてもらう取組みを行っており,教員や学校現場に保険教育の必要性を浸透させていくことが課題である。また,全国の大学で開講している連続講座では,大学生に身の回りのリスクを認識してもらい,対応する保険についての正しい知識を身に付けてもらう取組みを行っている。さらに,新型コロナウイルス感染症対応を踏まえ,オンラインで利用可能な学習教材や啓発ツールによる情報提供を進めている。様々な手法を駆使し,学生や消費者に備えるべきリスクの種類や内容を正しく認識してもらい,保険の必要性を理解してもらったうえで保険商品を適切に選択・利用する力を身に付けてもらう取組みを今後もさらに推進していく必要がある。

■キーワード

 損害保険リテラシー,リスク認知,学校教育

■本 文

『保険学雑誌』第652号 2021年(令和3年)3月, pp. 113 − 121

車両保険における故障損害について

—故障損害の意義の再検討—

上原 城

■アブストラクト

 車両保険における免責事由として,通常「故障損害」が挙げられているところ,近年における技術の発達等を踏まえて,自動車保険における故障免責条項についての議論を深める必要がある。
 議論の前提として,現在の約款における故障損害の意義や趣旨を確認すると,問題点が浮き彫りとなる。そこで,かかる問題点を解決するために,故障の一般的な意義や故障免責条項が約款に規定された経緯について,ひも解いていくと,不可解な事情が見えてくる。もっとも,裁判例や他の法令における故障等の意義を確認するも,明確な規範などは見えてこない。
 そこで,現状の故障損害の意義などを分析的に検討すると,論理矛盾や実態との乖離が認められることが判明した。そのため,故障免責条項の趣旨を再検討し,経緯等に遡りつつ,あらたな定義づけを試みた。
 最終的に,自動車保険における故障免責条項の必要性について,改めて考察のうえ,筆者の意見を述べた。
 

■キーワード

 故障損害,偶然な事故,免責事由

■本 文

『保険学雑誌』第652号 2021年(令和3年)3月, pp. 143 − 168

後期高齢者の医療費窓口負担の応能性強化について

—一定所得以上を2割負担に引き上げる改正案の定量評価—

河本 淳孝

■アブストラクト

 全世代型社会保障検討会議(議長:安倍晋三)は,2020年6月に2度目の中間報告を行った。医療分野については,応能負担を強化する方向性とその具体策として一定所得以上の後期高齢者の医療費窓口負担を2割に引き上げる制度改正案等が打ち出された。本稿は,当該改正案を実施した場合の影響(政策効果)を定量的に評価した。その結果,改正案を実施した場合の量的な影響は一定所得を幾らにするかに関わらず限定的であり追加の抜本的な制度改革が待たれること,また改正案の一定所得を幾らにするかの検討にあたっては政策目的(厚生改善,公平性配慮,所得再分配等)の組み合わせや優先順位について定量的な評価に基づく検討を行いその結果を国民に広く共有する必要のあること等を確認した。新型感染症対応の混乱の中で検討が行われる制度改正の参考となれば幸いである。
 

■キーワード

 後期高齢者医療制度,医療費窓口負担,応能負担

■本 文

『保険学雑誌』第652号 2021年(令和3年)3月, pp. 169 − 191

生命保険における「助け合い」と相互性に関する考察

田中 隆

■アブストラクト

 本稿の目的は,生命保険の制度としての継続性について,「助け合い」や「相互扶助」と,技術的相互性の観点から,「純粋贈与」と,「技術性」や「システムとしての官僚制」の視点を加味し,考察を行うことである。
 本稿では,保険業界が肯定し,日本保険学会では肯定色が薄い「助け合い」について,その意識が濃いフラターナル保険組合の衰退と,それが希薄な保険相互会社の制度的継続性から,技術的相互性を支える技術性に加え,記号的な「助け合い」の活用について指摘する。
 その一方,純粋贈与としての生保加入に加え,技術的相互性を運営するシステムとしての官僚制の存在によって,「助け合い」は単純な記号ではなく,理念的な面と制度的・技術的な面からハイブリッド的に形成されたことを指摘する。
 相互扶助に関する議論が曖昧なまま,制度的に生命保険は存続してきたが,本稿の議論から,生命保険制度と生保経営への理解の再整備が期待される。
 

■キーワード

 助け合い,純粋贈与,システムとしての官僚制

■本 文

『保険学雑誌』第652号 2021年(令和3年)3月, pp. 193 − 214

法人保険契約の解除・免責に関する一考察

原 弘明

■アブストラクト

 本稿では,法人保険契約の故意免責と重複契約による重大事由解除を検討した。前者については,最判平成14年10月3日が示した2つのメルクマールの当てはめにつき,先行評釈の存在しない2裁判例をもとに検討した。また,損害保険の裁判例をもとに,取締役の経済的受益可能性の具体例も考察した。
 後者については,傷害疾病定額保険の個人契約をもとに,著しい重複契約の信頼関係破壊事由としては,支払保険料が著しく高額で契約者が債務を履行できないことや,短期集中加入の程度が著しいことがわかりやすいと考察した。その上で法人生命保険契約の重複契約による重大事由解除が問題となった裁判例をもとに,保険契約者・被保険者・保険金受取人と保険者との間の信頼関係破壊はなるべく明確に分けられるべきであり,法人契約と被保険者の個人契約を峻別せず重複契約を認めたことは改められるべきものとした。
 

■キーワード

 法人契約,保険者免責,重大事由解除

■本 文

『保険学雑誌』第652号 2021年(令和3年)3月, pp. 215 − 242

特別条件付契約における承諾前死亡について

北澤 哲郎

■アブストラクト

 特別条件付契約における承諾前死亡において,保険者に変更承諾(当初の契約の申込みの拒絶と特別条件付契約の申込み)の義務を課し,保険金を支払うべきかについては,学説上,肯定説と否定説に分かれている。
 私見としては,当初の契約申込み時点における保険契約者の特別条件付契約の締結の意思が不明であること,及び保険法39条1項により,変更承諾義務は基本的に否定すべきであるが,例外的に,当初の契約申込み時点において,保険契約者が特別条件が付されても契約を締結する旨の意思を表明していた場合には変更承諾義務を認めるべきであると解する。
 なお,保険者の実務としては,変更承諾を行うことも可能であると考える。
 

■キーワード

 承諾前死亡,特別条件付契約,保険法39条1項

■本 文

『保険学雑誌』第652号 2021年(令和3年)3月, pp. 243 − 274

米国における責任保険契約の担保可能範囲について

—責任保険法リステイトメントを参考に—

深澤 泰弘

■アブストラクト

 米国では,責任保険法リステイトメントが規定するように,防御費用や民事責任については,その発生する原因のいかんを問わず,それらのための責任保険契約は,原則,有効である。ただし,制定法や公序により禁止されている場合を除くという制限が課せられている。この点で,「懲罰的損害賠償」については,多くの裁判所がその責任に担保を提供する責任保険契約を有効とし,直接的な懲罰的損害賠償については公序を理由に無効する立場からも,少なくとも間接的な懲罰的損害賠償については有効であると考えられている。また,「雇用上の差別」を理由とする民事責任については,使用者が代位責任や過失のある監督責任からそのような民事責任を負う場合,原則として,その責任に担保を提供する責任保険契約は有効であるが,例外的に,不当行為者と使用者とを実質的に同視し得る場合や使用者に関与があるといえる場合,公序を理由に責任保険契約の有効性を否定している。
 

■キーワード

 米国法,責任保険契約,リステイトメント

■本 文

『保険学雑誌』第652号 2021年(令和3年)3月, pp. 275 − 298