保険学雑誌 第643号 2018年(平成30年)12月

保険法制定10年で振り返る,告知義務に係る募集・解除(支払)実務の近時の変容

錦野 裕宗

■アブストラクト

 近時,生命保険会社・損害保険会社の「告知義務に係る募集・解除(支払)実務」は,保険法制定と保険金不払い問題という2つの事象により,大きく変容した。
 募集実務の変容点としては,分かりやすい告知書の志向,告知環境の整備,告知サポート資料の提供等を,解除(支払)実務の変容点としては,私法(保険法)・約款等基礎書類に従った対応,募集時の状況に鑑みた支払判断,始期前発病不担保に係る情報提供を,それぞれ挙げることができる。保険会社が告知義務違反解除の可否等を検証するに当たり,精緻な法律的検証(法律論)は重要であるが,「アンフェア・信義則(禁反言の原則)」のような常識論的・感覚論的観点の重要性は「保険金不払い問題」からの教訓であり,現在の保険会社実務においても,忘れず・変わらず,重要視されるべきものである。

■キーワード

 告知義務,保険法制定,保険金不払い問題

■本 文

『保険学雑誌』第643号 2018年(平成30年)12月 , pp. 1 − 23

保険法の下での告知義務に関する解釈上の問題

—質問応答義務への変更等に伴う商法からの解釈の変容—

嶋寺 基

■アブストラクト

 保険法は,保険契約締結の際の告知義務に関し,改正前商法の規律から様々な変更を行っている。そのうち,自発的申告義務から質問応答義務への変更は,何を告知すべきかの判断を保険契約者側にゆだねるのではなく,保険者からの質問に答えればよいとするものであり,告知義務の基本的な考え方を変更するものである。これに伴い,保険法の下では保険者からの質問の内容に着目した解釈が行われるため,いわゆる重要性の要件に関する考え方や,故意・重過失の対象となる事実は何かについても,改正前商法の下での解釈論に影響が生じている可能性がある。
 このほか,告知妨害の規定の新設や解除の将来効に伴う新たな解釈上の問題も生じるなど,保険法と改正前商法との規定の違いから,様々な論点について従来の改正前商法の下での解釈に変容が生じている可能性もある。改正前商法の下での解釈を当然のものとするのではなく,保険法の規定の文言を踏まえた理論的な分析を行うことは,保険法の新たな研究の可能性を探るためにも重要な意義を有するものである。

■キーワード

 告知義務違反による解除,質問応答義務,保険者の過失不知

■本 文

『保険学雑誌』第643号 2018年(平成30年)12月 , pp. 25 − 49

失効した生命保険契約等の復活請求時における告知義務制度の適用のあり方

—裁判例の分析と保険法の定める告知義務の規律の適用に関する考察—

中村 信男

■アブストラクト

 本稿は,保険契約者の月払保険料の支払義務不履行により失効した生命保険契約・傷害疾病保険契約について失効後一定の期間内に保険契約者の請求と保険者の承諾および復活保険料の支払により契約を復旧させる保険約款上の復活制度に関し,失効後比較的短期間で復活が行われる場合における告知義務の適用のし方を,近時の関連裁判例を概観・分析して検討し,望ましい同義務の適用のあり方を探ることを目的とする。その上で,本稿は,学説の概観および判例の分析から,失効した保険契約の復活の際の告知義務の適用を肯定しつつ,逆選択の余地の少ない失効から復活までの期間が短いケースについては,告知事項の限定等により同義務の適用を制限すべきことを主張する。

■キーワード

 失効,復活,告知義務

■本 文

『保険学雑誌』第643号 2018年(平成30年)12月 , pp. 51 − 71

保険法が実務に与えた影響

米山 高生

■アブストラクト

 保険および共済の契約を規律する新しい基本ルールとして保険法が成立してから,はやくも10年が経過する。保険法が保険および共済の実務にもたらした影響は計り知れないものがある。本稿の目的は,保険法が保険実務および共済実務に与えた影響について明らかにすることである。
 保険法10年という区切りに実務への影響を再検討する作業は,当時の実務家が現役で活躍しているタイミングを考えると,実務家インタビューという手法が有効である。本稿では,損害保険,生命保険および共済のそれぞれの実務について,保険法施行への対応,および10年間の実務の変化に分けて整理した。
 その結果,全体としていえば,施行時の対応に大きなコストがかかったが,その後の契約者保護や保険の品質の向上などのメリットを考えると,コストに見合ったものであったものであるという結論に達した。

■キーワード

 保険法,保険実務,共済実務

■本 文

『保険学雑誌』第643号 2018年(平成30年)12月 , pp. 73 − 92

自賠法16条の9の解釈をめぐる諸問題

—最高裁平成30年9月27日判決を中心として—

植草 桂子

■アブストラクト

 保険法において保険給付の履行期に関する規定が新設されたことに伴い,自動車損害賠償保障法(自賠法)16条1項に基づく被害者の直接請求に対する保険会社の損害賠償額支払債務の履行期についても,自賠法16条の9が新設され,第1項で保険会社は「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間が経過するまでは,遅滞の責任を負わない」旨定められた。
 自賠法16条の9は,訴外での直接請求を前提にした規定とも考えられ,訴訟上で直接請求が行われた場合の履行期については解釈上疑義が生じていたが,今般,この問題が争点の一つとなった訴訟において,最高裁判決(最高裁平成30年9月27日第一小法廷判決)が言い渡された。今後,訴訟上で直接請求が行われた事案については,最高裁判決の判示を踏まえ裁判所が履行期を判断することになろうが,履行期は「原告である被害者側が損害を立証する資料を全て提出し,保険会社がその内容を確認した時点」や「口頭弁論終結時」を基準として,事案の個別具体的事情に照らし決定されるべきと考える。

■キーワード

 自賠法16条の9,直接請求,遅延損害金

■本 文

『保険学雑誌』第643号 2018年(平成30年)12月 , pp. 93 − 115

技術革新と保険法の課題

—人工知能(AI)が搭載された新技術に対する保険適用等の検討—

肥塚 肇雄

■アブストラクト

 近代法の下,自然人は,土地に縛られた封建制度の身分的拘束から解放されて人権を勝ち取り資本主義社会における経済活動の主体として権利能力が生まれながらに付与された。さらに権利義務の統一的帰属主体として法的価値判断を経た実体にも法人格が付与され資本主義社会の経済活動の主体として登場した。法人の誕生である。このような「人」に対し,「物」は物権の客体であって財団等の例外を除いては法人格が与えられることはない。このように近代法の建前では,「人」と「物」は厳格に区別されるのが原則である。しかし,近年,特定の事項については人間と同様に「認知→判断→操作」する人工知能が,銀行,証券会社及び保険会社のような金融機関,医療現場,工場及び建築現場等でも活用されている。人工知能はそれ自体「人」ではなく「物」でもない。それと平仄を合わせ,保険法上,人工知能は,物保険としての「保険の目的物」であると割り切ることは実態に合わないし,自然人である「人」であると認めるわけにはいかない。このような両者の中間形態としての人工知能に保険保護を与えるべきであろうか。また,複雑な仕組みにより機能する人工知能が誤作動を惹き起こして被害者に損害を与えた場合,責任保険は適用されるであろうか。被害者の損害賠償責任の発生が明らかにされなければ,責任保険は適用されない。そのためには,事故時とその前後の記憶媒体装置設置義務が法定化される必要があるといわれているが,どの法律に義務規定を新設すべきかが問題となる。

■キーワード

 人工知能,被保険者,記録媒体装置設置義務

■本 文

『保険学雑誌』第643号 2018年(平成30年)12月 , pp. 117 − 137

近年の日本の保険行政における健全性規制の動向とその考察

植村 信保

■アブストラクト

 かつての保険行政は生命保険会社の健全性確保に際し,純保険料式責任準備金の積み立てと株式含み益に大きく依存し,銀行と同様の切り口で保険会社の監督に当たった結果,ロックイン方式の弱点を見過ごした。このことが後の生保危機を増幅してしまったと考えられる。リスクベースの新たな健全性指標として導入されたソルベンシー・マージン比率も生保危機の局面では十分機能しなかった。その後の健全性規制の動向を確認すると,ソルベンシー・マージン比率の見直しを段階的に進める方針を打ち出したものの,中期的に進めるとした経済価値ベースのソルベンシー規制の導入は未だ目途が立っていない。他方で自己規律の活用という新たな健全性確保の枠組みが台頭し,本来は自らの企業価値向上のために取り組むERMを,監督当局が健全性規制の一環として活用するようになった。ただし,自己規律の活用には利点だけではなく,限界があることも見えてきた。

■キーワード

 生保破綻,ソルベンシー・マージン比率,ORSA

■本 文

『保険学雑誌』第643号 2018年(平成30年)12月 , pp. 139 − 154

家計分野の火災保険における保険価額評価の実務にかかる考察

岩田 恭彦

■アブストラクト

 家計分野の保険商品は,社会的ニーズを背景に,新価保険,価額協定保険,評価済保険など保険価額の範囲を変更(拡大)するとともに,消極的利益(費用,責任利益)や付帯サービスの補償など,てん補範囲を拡大してきた。保険価額の定義が商法631条から保険法9条に変更されたことも,今後の保険商品の開発に影響を与えることが考えられる。
 そもそも,保険価額については,その対象が多種多様であることや,不動産の価額の特徴などから,社会的に公正とみとめられる評価精度を確保した「客観的な保険価額」を評価することは困難である。
 また,損害保険会社等が設定する保険価額評価の方法については,簡易評価基準を設定するなど「評価方法の簡素化の流れ」が進展しており,この評価額を原因として,超過保険や一部保険が生じる問題が散見される。
 保険商品の多様化と評価方法の簡素化の流れが進展していくものの,基本となる公序の維持については変わるところがない。
 保険者は,これらの問題に対処するため,保険契約締結時における重要事項説明等により,説明責任を履行することで適切に対処していく必要がある。

■キーワード

 保険価額,簡易評価基準,保険商品の変遷

■本 文

『保険学雑誌』第643号 2018年(平成30年)12月 , pp. 155 − 178