保険学雑誌 第662号 2023年(令和5年)9月

ドイツにおけるD&O保険の進化と展望

—純粋財産損害の概念を中心として—

内藤 和美

■アブストラクト

 わが国のD&O保険は,純粋経済損害を補償の対象とする賠償責任保険として発展してきた。純粋経済損害は保険契約上の概念であり,対人・対物損害を補償する一般賠償責任保険とD&O保険の補償範囲を区別する概念として,理論と実務の両面で重要である。
 一方,ドイツでは,純粋経済損害に相当する純粋財産損害という概念があり,ドイツのD&O保険約款は純粋財産損害に関する明確な定義を規定する。もっとも,近年,サイバーリスクやESG分野の賠償責任リスク等,新たなリスク・エクスポージャの増大に伴い,純粋財産損害概念が拡張する傾向があり,これによって,保険者の意図に関わらずD&O保険のカバー範囲が拡大する可能性について議論となっている。
 こうしたドイツにおける純粋財産損害概念を巡る議論の動向を踏まえ,わが国でも,純粋経済損害の概念が役員を取り巻くリスクの変容や新たなリスクの出現によって拡張する可能性も考慮しつつ,D&O保険を一層進化させていくことが重要である。

■キーワード

 D&O保険,純粋財産損害,ESG

■本 文

『保険学雑誌』第662号 2023年(令和5年)9月, pp. 1 − 22

負の所得税を応用した最低保障年金導入案の提言

八重島 崇宏

■アブストラクト

 本稿は,課税点を300万円とした負の所得税を応用することで,65歳以上のいる中・高所得世帯の総所得に応じて年金支給額の段階的減額を行い,65歳以上のいる低所得世帯へ最低保障年金の導入を図った。
 その結果,現行の公的年金制度で行われている世代間扶養のみでなく,高齢者間による同世代間扶養を行うことが可能であり,給付水準を最低生活費とすることで,高齢者の生存権は最低保障年金で保障することが可能となる。さらには,最低保障年金の導入に際した給付に必要となる財源について,課税レベルの異なる4パターンの試算を行った結果,2022年時点では,65歳以上の者がいる高所得世帯の年金支給額を最大で国庫負担分までの減額と65歳以上の者がいない世帯の月額1,249円の追加負担により,月額13万円の最低保障年金の給付が可能であることを提示した。

■キーワード

 負の所得税,最低保障年金,生活保護制度

■本 文

『保険学雑誌』第662号 2023年(令和5年)9月, pp. 23 − 42

被保険利益から考察するグローバル保険プログラム

飯島 慶紀

■アブストラクト

 グローバル保険プログラムは,企業活動のボーダレス化に伴い,発展してきた損害保険契約の手配手法の一つで,本社が保険契約者となり,国内外の子会社を追加被保険者として包括的にカバーするものである。
 グローバル保険プログラム導入時の補償内容の統一化・コスト削減など機能面・費用面での効果も周知の事実となっているが,グローバル保険プログラムに関する国際的なルールやガイドラインは存在しない。その背景として,グローバル保険プログラムは各国の保険付保規制・税制など日々変化する様々な法制度の影響を受けることから,保険会社や保険ブローカーは断定的な提示を避けているのが実態で,それらの理由から今後も本分野における定型化や,議論の発展・深化を期待するのは難しい。
 そこで,今回,国際的にも保険理論及び実務の基礎ともなっている「被保険利益」の考え方をベースにグローバル保険プログラムの骨子を学術的に考察し,更にグローバル保険プログラム運営の一定の目安及び考え方を提示するものである。

■キーワード

 グローバル保険プログラム,被保険利益,保険付保規制

■本 文

『保険学雑誌』第662号 2023年(令和5年)9月, pp. 43 − 68

Insurance Discrimination and Fairness in the Age of Artificial Intelligence under Japanese Law

Davide Luigi Totaro

■アブストラクト

 The insurance business is changing fast integrating Artificial Intelligence into its chain of value. Despite remarkable benefits for both the industry and society, this raises significant regulatory challenges that need to be addressed. Indeed, where important parts of business functions are delegated to algorithms, technical limitations, machine errors and biases may result in unfair discriminations leading to suboptimal or socially unacceptable outcomes. Notably, Japanʼs insurance sector is going towards a technologically driven shift, which brings about concerns regarding the adequacy of the relevant legal framework. In view of the Japanese policymakersʼ intent of not enforcing new mandatory rules on AI-governance, this paper identifies the main issues concerning Artificial Intelligence usage in insurance and provides an overview of the regulatory tools to tackle algorithmic unfair discrimination currently within the Japanese law arsenal.

■キーワード

 Artificial Intelligence, Discrimination, Japanese Insurance Law

■本 文

『保険学雑誌』第662号 2023年(令和5年)9月, pp. 69 − 91