保険学雑誌 第650号 2020年(令和2年)9月

終身年金パズルによる年金・一時金の選択に関する考察

—公私年金の役割分担を踏まえて—

谷内 陽一

■アブストラクト

 わが国の企業年金は,年金に代えて一時金(選択一時金)を受給できるのが大きな特色だが,受給者の多くが一時金での受給を選択しているため,給付実態が制度趣旨に沿っていないと指摘されている。
 本稿では,わが国の企業年金において年金受給が選好されない理由について,終身年金パズル(annuity puzzle)における代表的な仮説に基づき分析した。この結果,予備的動機が一時金選択にプラスに作用していることを確認した。それ以外の仮説については,今後の社会経済情勢の変化により,一時金選択への影響がプラスからマイナスに変化する可能性が高い。併せて,終身年金パズル以外の要因(有期(確定)年金の過小評価,給付利率の低下等)が一時金選択にプラスに作用している可能性を指摘する。
 最後に,一時金受給が主体となっているわが国の私的年金の給付実態を踏まえつつ,公私の年金制度で老後所得を一定程度確保するための方策として,公的年金も私的年金も終身で対応する「完投型」から,就労延長・私的年金・公的年金の三者による「継投型(WPP)」への転換を提唱する。

■キーワード

 選択一時金,終身年金パズル,公私年金の役割分担

■本 文

『保険学雑誌』第650号 2020年(令和2年)9月 , pp. 1 − 22

文脈が保険需要行動に与える影響

—実験経済学の手法を用いた考察—

藤井 陽一朗,白川 竜太

■アブストラクト

 本研究では,確率分布に与えられる文脈によって,個人のリスク態度が安定的に観察できるかを検証することを目的とする。個人のリスク態度は,効用関数の形状により決定されると考えられてきた。効用関数は,個人のリスク間の定性的な選好関係を表現したものであるので,リスク回避度も個人で固有と考えられる。しかし,大規模データを用いた実証研究により,さまざまなリスクの間でリスク回避度が一貫しない可能性が指摘されている。そこで本研究では,実証研究の一分野として急速に発展している実験経済学の手法を用いて,確率分布が同じだが,文脈が異なる場合のリスク回避度を推定する。実験から得られた結果は,次の3点にまとめられる。第1に,個人は文脈に応じて,リスク態度を変化させる可能性がある。第2に,個人は損失局面において,リスク愛好的になる傾向がある。第3に,個人の認知反射テストの結果とリスク態度との間には,有意な相関はみられない。

■キーワード

 リスク態度の一貫性,実験経済学,文脈効果

■本 文

『保険学雑誌』第650号 2020年(令和2年)9月 , pp. 23 − 40

自動車保険の免責条項における「使用者」「使用人」の意義

—大阪高判平成29年9月7日を題材に—

谷内田 誠

■アブストラクト

 自動車保険では「使用者」「使用人」の用語が用いられている箇所が複数みられる。支払条項の中では,賠償責任保険における被保険者の範囲を画する規定に「使用者」の文言があり,免責規定では,対人賠償責任条項中に同僚災害免責条項・従業員災害免責条項が定められ,人身傷害補償条項・無保険者傷害条項でも従業員が被害者となる場合の免責条項が定められている。これらの「使用者」「使用人」の意義については,従来から必ずしも統一的な解釈がなされてきたわけではなく,判例・学説も多岐にわたっている。
 そのような中,大阪高判平成29年9月7日公刊物未登載(平成29年(ネ)第673号)は,人身傷害補償条項及び無保険車傷害条項における「使用者」の意義について「民法一般における『使用者』,すなわち,被用者との間に実質的な指揮監督関係(使用関係)を有するものをいうと解する」と判示した。これは,同僚災害免責規定や従業員災害免責規定において「使用者」の文言を雇用契約ある場合に限定する通説的な取扱いとは異なる判断である。
 そこで,「使用者」「使用人」の文言の意義,個々の免責条項の趣旨,免責条項拡大解釈禁止の原則等を検討し,統一的解釈の適否や現行規定のあり方について論じた。

■キーワード

 使用者,従業員災害免責,無保険車傷害条項

■本 文

『保険学雑誌』第650号 2020年(令和2年)9月 , pp. 41 − 63

損害保険会社と格付情報

—再保険と財務的健全性—

徳常 泰之

■アブストラクト

 日本版金融ビッグバン以降,保険業界を含めた金融業界において規制緩和が進み,保険会社による情報開示が大きく前進した。本論文では損害保険会社における格付情報の取得,内容と変化に着目し,格付情報が損害保険会社の再保険契約の引き受けに与える影響について分析を試みた。またソルベンシー・マージン比率についても同様に分析を試みた。
 格付情報を用いた分析では,受再保険料または責任準備金を被説明変数にしたモデルともに一定の説明力があった。またソルベンシー・マージン比率を用いた分析でも,受再保険料または責任準備金を被説明変数としたモデルでも一定の説明力があった。格付情報の変化やソルベンシー・マージン比率の変化が損害保険会社の業績に影響を与えている可能性が確認できた。

■キーワード

 損害保険会社,格付情報,再保険

■本 文

『保険学雑誌』第650号 2020年(令和2年)9月 , pp. 65 − 84

生命保険契約における復活と自殺免責

村上 裕行

■アブストラクト

 生命保険契約の失効後の復活の場面において,自殺免責期間の起算点を原契約時とすべきか復活時とすべきかについての問題は,期間制限のある自殺免責の趣旨が自殺による保険事故発生率の増大する危険を防ぐという趣旨から考えれば,復活請求時にもこの危険を防ぐ要請は認められ,一律に復活時を起算点とするとすることは困難と考える。しかし,具体的状況下においては,失効前には自殺免責が認められなかったのにも関わらず,失効後復活した場合には自殺免責が認められることが相当でないという場合も想定でき,自殺免責が失効に至った理由や失効から復活までの期間等の具体的事情に基づいた自殺免責の主張制限はあり得るものと考える。

■キーワード

 復活,自殺免責,信義則

■本 文

『保険学雑誌』第650号 2020年(令和2年)9月 , pp. 85 − 97