保険学雑誌 第656号 2022年(令和4年)3月

地震保険とレジリエンス

堀田 一吉

■アブストラクト

 令和3年度全国大会シンポジウムは,「レジリエンスから見た地震リスクと地震保険」と題して,社会生活を脅かす地震リスクに対して地震保険がどうあるべきかについて,レジリエンスをキーワードに議論をした。本稿は,パネリストの報告に先立って,シンポジウム趣旨に沿って問題整理をすることを目的としている。地震災害に対する社会のレジリエンスを改善するためには,地震保険がどう貢献できるかと同時に,地震保険自体のレジリエンスをどう高めるかが主要課題である。さらには,地震保険の機能を高めるためには,防災・減災対策を中心に社会的連携が重要であり,それはまさに,保険業界に期待されるSDGsへの貢献でもある。

■キーワード

 地震保険,レジリエンス,プロテクションギャップ

■本 文

『保険学雑誌』第656号 2022年(令和4年)3月, pp. 19 − 39

地震保険制度の変遷と料率算出の特徴

渡辺 敬之

■アブストラクト

 日本は世界でもまれにみる地震リスクが高い国であり,そのリスクを補償する保険の必要性,ニーズは極めて高い。しかしながら発生頻度が低く,ひとたび大地震が発生すると巨大な損害をもたらすという地震の特殊性ゆえに保険制度の成立や運営には困難性が伴う。新潟地震を契機に1966年に創設された我が国の地震保険制度は,これらの困難性に対する工夫がなされ,特徴のある保険制度となっている。
 今後も南海トラフの巨大地震等の発生が懸念される中で,社会のレジリエンス機能のひとつとしての貢献が期待される地震保険の保険料率が,保険制度化を困難にした地震災害の特殊性にどのように対応しながら算出しているか,地震保険制度の概要,変遷とともに紹介する。

■キーワード

 地震保険,料率算出,地震保険に関する法律

■本 文

『保険学雑誌』第656号 2022年(令和4年)3月, pp. 41 − 53

家計地震保険にかかる法制度の将来展望と法的課題

土岐孝宏

■アブストラクト

 地震保険に関する法律に基づく狭義の地震保険制度は,私保険による復興の仕組みとして,家計の地震災害からの経済的回復・復元(レジリエンス/resilience)に寄与してきた。狭義の地震保険契約の付保制限(法2条2項4号)は,個々の家計にてん補不足を生みその復興の障害になるという意味における災害レジリエンスに対する負の側面を有するが,他方,東日本大震災等の後,とくに民間の危険準備金残高が大きく毀損している現状の地震保険制度それ自体の強靭性,持続性確保の観点,ないしそのことにより社会全体の災害レジリエンスを高めるとする観点においては正の側面を有し,その限りでこの付保制限を維持することが望ましい。狭義の地震保険制度それ自体をフルスペック化しないことで家計に生じる負の側面(てん補不足)への対応は,国ではなく,民間の力に委ねるのが,公平性の観点等から望ましい。狭義の地震保険制度に追加して,民間の上乗せ商品等を活用し,Totalの災害レジリエンスを向上させるべきである(広義の地震保険制度の拡充)。そして,広義の地震保険制度の拡充を前に現れる法的課題として,狭義の地震保険契約の法的性質論,ないしそれとその外側にある民間保険商品との重複保険の問題がある。
 

■キーワード

 地震保険,レジリエンス,重複保険

■本 文

『保険学雑誌』第656号 2022年(令和4年)3月, pp. 55 − 84

大震災と個人の地震保険加入行動

—「地震保険統計」を用いた実証分析の可能性と課題—

柳瀬 典由

■アブストラクト

 地震保険等,災害保険の加入率を高めプロテクションギャップを縮減することは,保険が社会的役割を果たすという観点から重要な政策課題である。大災害をめぐる人々の保険加入行動の実証的な理解は,EBPM(証拠に基づく政策立案)の出発点として重要であり,そのための有用な観察事実として,長年,研究者が注目してきたのは,大災害前後の非対称な保険需要という現象である。本稿の目的は,大災害をめぐる個人の保険需要に関する研究動向を整理することで,今後の研究の方向性を展望することにある。特に,わが国の2つの大震災—阪神淡路大震災と東日本大震災—に注目した研究(Kamiya and Yanaseó 2019)の紹介を通じて,「地震保険統計」を研究利用することの有用性についても言及する。
 

■キーワード

 プロテクションギャップ,個人の保険需要,地震保険統計

■本 文

『保険学雑誌』第656号 2022年(令和4年)3月, pp. 85 − 103

大規模災害の被災者の生活支援と生命保険契約照会制度の創設

石川 温

■アブストラクト

 大規模災害が発生した際,生命保険協会は大規模災害対策本部を設置し,被災された方に一刻も早く安心いただけるよう最大限の配慮に基づいた対応を行うこと,会員生命保険会社による被災された契約者等への対応を積極的に支援すること,という基本方針に基づき各種対策を講じることとしている。被災者の生活支援と安心感の提供,大規模災害の状況に鑑みた照会・手続きへの対応,お客さまの安否確認活動,お客さまへの複線的な周知活動,確実に保険金等を支払うためのネットワークが対策の柱である。
 東日本大震災では生命保険の加入状況が不明な方が多数いたため,2011年4月,生命保険協会はご契約の有無に関する照会を受け付ける「災害地域生保契約照会制度」を開始した。また,2021年7月には,平時において認知判断能力が低下している等の場合にも確実に保険金等を請求していただくための「生命保険契約照会制度」を開始した。

■キーワード

 大規模災害対策本部,保険契約上の措置,生命保険契約照会制度

■本 文

『保険学雑誌』第656号 2022年(令和4年)3月, pp. 105 − 110

「精神障害中の自殺」法理に関する一考察

—東京地裁令和2年7月20日判決を契機として—

江草 正悦

■アブストラクト

 「精神障害中の自殺」について,東京地裁令和2年7月20日判決は,裁判例が用いる基準の総合考慮のあり方に課題を残した。
 「精神障害中の自殺」にあたるかの判断は,各考慮要素に該当する事実を単に「総合考慮」して,精神障害の影響度の大小を判断する抽象論ではなく,精神障害の影響により,死亡するという結果に対する認識ができていなかったか,死以外の選択肢が考えられないような精神状態であったかについて,自殺企図行為の態様という客観的な事実を基軸に,同時点の主観として自殺の動機を考察し,自殺行為時の精神状態を推測する要素として,生前の行為者の言動及び精神状態や精神障害により正常状態から自己の意思に基づかずに命を絶たせる程の大きな変化があったかを考察するというように,各考慮要素該当事実の意味合い,役割を踏まえて,各要素を整合的に理解できる判断を行うことによって,法的安定性を高めることが期待される。

■キーワード

 自殺,精神障害,自由な意思決定

■本 文

『保険学雑誌』第656号 2022年(令和4年)3月, pp. 137 − 166

会社役員賠償責任保険(D&O保険)の動向に関する一考察

小野寺 千世

■アブストラクト

 本稿は,日本法およびドイツ法におけるD&O保険契約に関する動向をふまえ,D&O保険契約のあり方等について考察することを目的とするものである。
 令和元年改正会社法は,D&O保険契約の適切な活用のため,手続規律および開示規律を明確にした点で意義がある。当該規律の適用対象であるD&O保険とは,保険契約者が株式会社であり被保険者を役員とする保険契約であって,①利益相反性が高く,②役員等の職務の執行の適正性に影響を与えるおそれがある契約であるととらえられていることを指摘できる。
 ドイツでは,近時,D&O保険のアシスタントサービスについて,サービスプロバイダーの態様と保険会社の責任に関する議論がなされている。ドイツにおける議論は,日本のD&O保険において企業リスクの多様化への対応を図る中で展開される可能性のある議論であり,アシスタントサービスのあり方,保険会社の責任等について,参考となる。

■キーワード

 D&O保険,役員等賠償責任保険契約,Assistance-Leistungen

■本 文

『保険学雑誌』第656号 2022年(令和4年)3月, pp. 167 − 186

企業年金に対する個人の選好について

—企業年金の有効活用に向けて—

江淵 剛

■アブストラクト

 企業年金は,福利厚生制度として多くの企業で備えられているが,実施企業比率の低下や非正規雇用に代表される就労形態の多様化に伴って適用から外れる者の割合の高まりなど,その情勢は芳しくない。
 本稿では,個人の企業年金に対する選好について明らかにしたうえで企業における企業年金の有用な展開,実装について検討する。
 オリジナルアンケートに基づく実証分析を通じて個人の企業年金に対する選好について,個人の働き方に対する意識と企業年金制度種別ごとの特質には整合的な連なりがあることが明らかとなった。企業は個人の選好の別を視野に入れた複線的な企業年金の実装が有効となろう。
 個人の企業年金に対する選好について,個人の働き方をめぐる意識や考え方と企業年金制度種別ごとの特質との連なりを確認できたことによって,労働市場に向けた新たなシグナリング効果を持つ制度としての企業年金の活用が期待される。企業は自社が備える企業年金の内容を広く示すことで自社が望むタイプの人材を呼び込むことができるかもしれない。
 

■キーワード

 企業年金,DB,DC

■本 文

『保険学雑誌』第656号 2022年(令和4年)3月, pp. 187 − 212

保険金受取人の指定変更と対価関係の形成に関する覚え書き

—旧商法675条2項の削除の真意を解明するために—

大塚 英明

■アブストラクト

 第三者のためにする生命保険契約の保険契約者と保険金受取人との間には,民法の第三者のためにする契約で予定されている「対価関係」が当然に必要なはずである。しかも受益の意思表示というシステムが存在しないため,この種の保険契約では,保険契約者は被保険者存命中である限り自由に受取人を変更することが可能である(指定変更権の持つ第1のフレキシビリティー)。その意味で,受取人指定変更権は,一方的にこの対価関係を形成する権利であり,保険契約者の有する財産権としてこれを評価しなければならない。かつて旧商法675条2項は,保険契約者死亡によって新たな対価関係形成はできなくなると規定していた。ところが,同項の廃止によって,受取人指定変更権を相続した者が自らの利益のために自由にこの形成権を行使できるようになった(この権利の持つ第2のフレキシビリティー)。もっとも,受取人指定変更権のこうした本質について,従来必ずしも明確に自覚されてきたとはいえないように思われる。本稿は,指定変更権の保険契約者にとっての財産的価値と,この二つのフレキシビリティーについて再検証・再確認を行うことを目的とする。

■キーワード

 保険金受取人指定変更権,第三者のためにする生命保険契約における対価関係,旧商法675条2項

■本 文

『保険学雑誌』第656号 2022年(令和4年)3月, pp. 213 − 239