保険学雑誌 第663号 2023年(令和5年)12月

人工降雪,人工造雪,天候デリバティブを利用した積雪リスクマネジメント

—新潟県に所在する一スキー場の事例を用いた検証—

伊藤 晴祥

■アブストラクト

 本研究では,人工降雪及び人工造雪を利用した場合と天候デリバティブによる積雪リスクマネジメントを実行することにより企業価値が高まるかどうか検証を行う。また,降雪量を平準化する人工降雪・造雪によるリスクマネジメントと,キャッシュフローを平準化する天候デリバティブによるリスクマネジメントにはどのような差異があるか分析を行う。本研究では,新潟県南魚沼市およびその周辺のスキー場を事例として検証を行う。積雪リスクマネジメントの評価にあたり,その非完備性を考慮し,意思決定者のリスク回避性を価値評価に織り込むためにWang変換(Wang 2000,2002)を利用する。分析の結果,客単価(単位当たり貢献利益)が2,700円程度と低い場合には,人工降雪及び人工造雪による積雪リスクマネジメントは,それにかかる費用を回収できないために,企業価値を高めないが,客単価が10,500円以上であり,かつ,λが0.4以上のある程度リスク回避的な経営者であれば企業価値を高めることが理解される。人工降雪及び人工造雪を利用している場合で,客単価が高い場合等,大部分の積雪リスクがヘッジされる場合には,天候デリバティブの利用による企業価値の改善効果は低いことが理解される。

■キーワード

 天候デリバティブ,人工降雪,人工造雪

■本 文

『保険学雑誌』第663号 2023年(令和5年)12月, pp. 1 − 45

保険法の生命保険信託への準用と信託法の生命保険契約への類推適用

—生命保険契約と生命保険信託の対比から—

安田 和弘

■アブストラクト

 生命保険信託を利用すると,生命保険契約による利益を実質的に享受する者の決定方法等について柔軟な定めを設けることが可能となり,生命保険契約の締結のみでは実現困難な契約当事者の意図の実現が可能となる。他方で,法令を形式的に適用するときには,生命保険契約のみが締結されている場合と生命保険信託が設定されている場合とで,当事者の意図しない不合理な差異が生じうるために,そうした差異が生じないような解釈をすべき場合がありうる。具体的な例としては,①生命保険信託の受益者を変更するにあたっては保険法45条が準用されると解すべきであり,②生命保険金受取人による保険金請求権の放棄の効果には信託法99条2項が類推適用されると解したうえで,当該生命保険契約に適用される約款に保険金受取人が存在しなくなった場合の取扱に関する定めがあれば当該定めに従い,そうした定めがなければ保険契約者が保険金受取人となると解すべきである。

■キーワード

 生命保険信託,被保険者の同意,保険金請求権の放棄

■本 文

『保険学雑誌』第663号 2023年(令和5年)12月, pp. 47 − 66

高等学校商業科教科書における保険活動の「働き」に関する「理解しやすい表現」

大蔵 直樹

■アブストラクト

 本研究は,高等学校商業科教科書における保険活動の「働き」に関し,「理解しやすい表現か否か」を主題として考察を行うものである。戦後の一連の高等学校商業科教科書(22種類)を研究材料として選定し,保険活動の「働き」に関する表現から導出した恒常的要素を変数とし,真理値表を作成した。そして統計ソフトを利用し樹形図のplot outを行い,さらに学習チャネルに翻訳変換するというプロセスにより,商業科高校生にとって理解しやすい表現へと練り上げを行った。高等学校商業科教科書に採用され,保険知識に不慣れな高校生が理解しやすい表現に触れることになれば,保険活動の「働き」を学び身に付け,将来,ビジネス活動に携わるようになる際に活動力発揮に寄与すると考える。
 本研究には「理解しやすい表現か否か」について実証的確認を行っていないという限界が存在し,その克服は今後の課題である。しかし,別言するなら,本研究のプロセスにより練り上げられた「理解しやすい表現」は完全なものではなく,現在の教科書の表現には改善すべき余地があることを示唆している。改善の余地という点から,今後の教科書研究の更なる進展が期待される。

■キーワード

 高等学校商業科教科書,保険活動の「働き」,ビジネス活動教育

■本 文

『保険学雑誌』第663号 2023年(令和5年)12月, pp. 67 − 88

低所得世帯の生活リスクの準備状況に係る考察

谷口 豊・大塚 忠義

■アブストラクト

 低所得世帯はケガや病気,家族の死亡などの生活リスクに対しての準備が必要であると考えられるが,生命保険の加入率が低く,生活リスクの準備ができていないのが現状である。全労済協会の「共済・保険に関する意識調査結果報告書(2019年版)」では,低所得の勤労者世帯を主な対象として,生活リスクへの保障意識や共済・保険の加入実態を分析し,本来保障が必要であるにもかかわらず脆弱な世帯が存在すると警告している。本稿の目的は,報告書で問題提起された生活リスクに対し準備を行っていない世帯,すなわち保険等未加入世帯の要因を特定することである。分析の結果,生活リスクに対する不安が少ない世帯は生活リスクを過小評価している傾向があり,リスクを過小評価している世帯は保険に関しては営業職員に相談せずまた共済に関しては家族に相談しない傾向にある。そして,その結果,保険等に加入していないことが確認できた。

■キーワード

 低所得世帯,パス解析,保険加入行動,人物像

■本 文

『保険学雑誌』第663号 2023年(令和5年)12月, pp. 89 − 119

英国最新保険判決にみる因果関係論

—[2023]EWHC 630(TCC)(22 March 2023)Allianz v University of Exeter—

森 明

■アブストラクト

 2023年3月22日に英国高等法院・技術建設法廷は,2021年2月に大学構内に隣接する工事現場で建設工事中に発見された第二次世界大戦中の1942年4月〜5月に,敵対する独軍によって投下された爆弾が,80年近くを経た2021年2月27日に制御起爆によって爆破された事件で,保険証券の「戦争除外条項」の適用有りと判示した。
 複数の原因が同時又は順次並行的に併発した保険事件で,何が主因で何が従因・副因であるのか,即ち,因果関係をどのように捉えるべきであるか,ということを的確に判断することは容易ではない。
 この事件は因果関係に関する先例(主として海事判例)を的確に選別して検討した簡にして要を得た判決である。近年の英国の裁判官に通底するものは「常識」によるとするものであるが,本稿ではこの規準に加え,Lord Hoffmannが1999年に案出した“a pedantic lawyer”(a reasonable personの対義語)にも焦点を当てて解説する。

■キーワード

 網状因果律(Net of Causation),裁判官の常識(Judge’s Common Sense), 衒学的法曹(Pedantic Lawyer)
 
 

■本 文

『保険学雑誌』第663号 2023年(令和5年)12月, pp. 121 − 144

プライスの『復帰支払の観察』の研究

田中 浩一

■アブストラクト

 世界最初の保険数理の実務書とされる,1771年出版のプライスの『復帰支払の観察』で提示されている生保数理の体系は,現代の我々の眼からはそれほど整理されたものとは見えない。
 先ずは,この体系の一部が,プライス以前の年金数理の適用事例であるスコットランド教会寡婦年金ファンドの分析を基に,プライスが解明した原理を一般に分かりやすい簡便なものへ変換し提示しているものと思われることを論じる。そして,これに基づき,プライスの議論が当時の啓蒙思想の中心をなすニュートン主義の根幹の「方法」とされる「ニュートンの解析と総合に基づく数学的方法」を適用して展開されていると理解されうることを説明する。
 また,そのような生保数理体系を用い,『観察』では,実在の組合の不健全性を示すだけでなく,エクイタブルの新しい生命保険事業が,契約者間の公平性を保ちつつ効率的に事業が運営できるものであることも証明していることを指摘する。

■キーワード

 リチャード・プライス,『復帰支払の観察』,解析と総合

■本 文

『保険学雑誌』第663号 2023年(令和5年)12月, pp. 145 − 164