保険学雑誌 第640号 2018年(平成30年)3月

シンポジウムにおける問題提起と今後の方向性

久保 英也

■アブストラクト

 若手研究者の減少と学会の主力研究者の高齢化が急速に進み,日本保険学会の健全な将来にやや不安がある。シンポジウムでは学会が抱える深刻な課題を直視する一方で,自分たちの有する強みを再確認した上で,学会員全員で,明日の学会の姿を考える議論を行った。保険の源泉であるリスクを取りまく環境が激変する中で「残余リスク」は巨大化し,「リスク移転」の重要性が増している。複雑化するリスクに対処するために今後学会連携を行う機会も増えようが,その際に本学会が主導権を取れる環境にある。これを学会がボトムアップする好機としてとらえ,強化された学会支援組織と教員の連携を要に,3つの軸で展開することにより,この危機を脱したい。

■キーワード

 残余リスク,リスク移転,戦略的共同研究と分野横断共同研究

■本 文

『保険学雑誌』第640号 2018年(平成30年)3月, pp. 35 − 54

保険法研究者の再生産への取り組み

今井 薫

■アブストラクト

 保険学の研究者数は大学における講座とともに減少の一途を辿っており,また高齢化もハイピッチで進んでいる。その原因の一つは,保険もファイナンスの一領域ということで理論的に一般化されてしまったからだともいう。もっとも,一般庶民の生活に保険が遍く行き渡っている今日,保険契約をめぐる法的紛争は枚挙にいとまがなく,法律を学ぶ学生からの保険法へのニーズも高い。その意味では,保険法学者の需要は少なくないし,弁護士などの実務法曹が保険学会で活躍する場面も増えている。
 しかし,保険法学者の再生産は十分に行われているとはいいがたい。本稿では,わが国の保険市場が当初から胚胎している「企業保険」を中心と考える認識と,そのことから,大学や司法制度が保険に対して有している専門家同士の取引領域という認識が,保険学は元より保険法研究者の養成を困難にしていないか,という視点から論じ,さらに今日の法学教育が,リーガルマインドを養成する従来型の法学部,法(律)学科,という括りで行われにくくなっている現状に視点を置く。すなわち,18歳人口の減少もあって,政策型学部・学科・講義科目の台頭とともに,主流であった民商法教育のウエイトが低下したことで,その一分野である保険法が,現代市民にとって必須の知識であるにもかかわらずスポイルされることになったのだと論じている。

■キーワード

 保険契約,保険会社の地理的分布,契約法の改正

■本 文

『保険学雑誌』第640号 2018年(平成30年)3月, pp. 55 − 75

保険業界が学会に求めること

村田 毅

■アブストラクト

 司会の久保先生からの問題提起を受けて,実務家の立場から発言した。
 まず,業界環境・状況の変化と実務家を取り巻く課題・関心事を掲げたうえで,実務家の関心と研究者の接点,共同研究や業界からの大学教育・研究への情報提供・交換の取り組みを紹介し,双方の求めるテーマと取り組み方法について考察・提案した。

■キーワード

 共同研究,研究者への情報提供,大学への講座提供

■本 文

『保険学雑誌』第640号 2018年(平成30年)3月, pp. 77 − 89

権利保護保険における弁護士選任に関する法的考察

應本 昌樹

■アブストラクト

 権利保護保険を巡る規範的問題の一つとして,弁護士選任の問題を採り上げ,わが国における現在の保険実務の適否につき,欧州,とりわけドイツを念頭に置いた比較法的アプローチを採り入れつつ,保険契約法,とりわけ保険約款の不当条項規制,さらには弁護士法,とりわけ弁護士法72条本文後段による有償斡旋の禁止の枠組みにおいて検討した。その結果,被保険者による弁護士選択に対し保険者の影響力を及ぼし得る約款条項は,文言どおりの効力を認めることはできず,限定的に解釈されなければならないことや,権利保護保険の引受保険会社による弁護士紹介実務は,査定担当者などが協力関係にある特定の弁護士などを被保険者に紹介しているものである限り,弁護士法72条本文後段の定める報酬目的に業として行う法律事務の取扱いの周旋にあたり,同法に抵触する可能性があることなどが確認された。

■キーワード

 
 権利保護保険,不当条項規制,弁護士法72条

■本 文

『保険学雑誌』第640号 2018年(平成30年)3月, pp. 125 − 154