保険学雑誌 第661号 2023年(令和5年)6月

問題提起:「固有権」概念の再検証

—対価関係分析の前提として—

大塚 英明

■アブストラクト

 第三者のためにする生命保険契約は,基本的に民法の第三者のためにする契約と構造を一にすると言われている。だとすれば,要約者(保険契約者)と諾約者(保険者)との間に補償関係,そして要約者と受益者(保険金受取人)との間には対価関係という法的評価に値する法律関係が形成される。ところが,生命保険の場合,保険金受取人が取得する権利は「固有権」と性質づけられ,ことさらにその独立性・隔離性が強調されるきらいがある。保険法ではこの固有権という概念への依存度が強すぎ,ときとして,なにゆえに保険金受取人に優先的に保険金請求権が帰属するのか,あるいは保険契約者と保険金受取人との対価関係がどのように評価されるのかという実質分析の目を曇らせることさえある。そこで,固有権性から脱却した視点で第三者のためにする生命保険契約を見直し,対価関係についてどのような捉え方をすべきかを提言してみたい。
 

■キーワード

 固有権,民法896条,第三者のためにする生命保険契約の有償性

■本 文

『保険学雑誌』第661号 2023年(令和5年)6月, pp. 7 − 33

指定変更権の相続制限の廃止

—旧675条2項削除と対価関係—

金尾 悠香

■アブストラクト

 保険法制定により,保険法制定前商法675条2項は削除され,第三者のためにする生命保険契約における指定変更権の相続制限が廃止された。同規定は,当初,保険金受取人と保険契約の適切性確保を被保険者の同意に係らしめる趣旨の一環で制定され,第三者のためにする契約の構造外にある被保険者を重視した点で,第三者のためにする生命保険契約を民法上の第三者のためにする契約と異ならせた。保険契約者先死亡は,契約者意思が及ばない関係者変動を発生させ,また制定当初に重視された被保険者の同意も十分には機能しない場面である。同規定削除は,保険金受取人および契約の適切性を確保するために,(被保険者の同意,公序良俗,現行法下での58条含む)他の制度との相互関係や対価関係の検討の必要性を示す。また,同規定削除により,指定変更権の一身専属性は否定され,その財産的性質が強調されたところ,指定変更権の具体的な行使場面と行使権者の限界(債権者代位による行使や詐害行為取消の対象範囲など)は解釈に委ねられたままであり,そのなかで対価関係の役割は今後も検討を要する。
 

■キーワード

 第三者のためにする生命保険契約,保険契約者先死亡,対価関係

■本 文

『保険学雑誌』第661号 2023年(令和5年)6月, pp. 35 − 49

保険金受取人の先死亡

得津 晶

■アブストラクト

 保険事故発生前に保険金受取人が死亡した場合の保険金請求権の帰趨を論ずる保険金受取人の先死亡の問題に対して保険法46条は死亡した受取人の相続人全員が新たに保険金受取人となることを定める。かかる規律を含む受取人の先死亡に関連した保険法の規定に対して大塚英明教授は「対価関係」に2つのフレキシビリティーが生じたと指摘する。本稿はこのような大塚教授の指摘に対して,そもそもなぜ受取人先死亡が「対価関係」の問題になるのかを明らかにし,そこには大塚教授の「対価関係」理解に,従来の対価関係概念の理解とは異なる①具体的な事実関係の強調と②受益の意思表示不要・指定変更権の強調という2つの新規性があることを明らかにする。
 その上で,大塚教授のように「対価関係」概念の機能を拡大させて問題解決を図っていくという解釈手法に対して法学方法論の観点から論評し,それとは異なる法と経済学(法の経済分析)の立場からは,対価関係概念を拡大させることなく,ペナルティ・デフォルトとして現行の規律が説明できることを導く。すなわち,受取人死亡時における処理の選択肢として,保険契約者を受取人とする自己のためにする生命保険契約とする方法と,原受取人の相続人を新たな受取人とする方法の2つがあるところ,保険金受取人の指定変更権限を有する保険契約者に敢えて不利なデフォルトルールを用意することで,保険契約者の新たな指定変更権限行使によって受取人の権利関係が(素人の目にも)明確化することを図ったものと説明することができる。
 

■キーワード

 対価関係,受取人先死亡,第三者のためにする契約

■本 文

『保険学雑誌』第661号 2023年(令和5年)6月, pp. 51 − 64

生命保険契約における「対価関係」とは何か

原 弘明

■アブストラクト

 保険法学では,人保険契約の固有権性に関連して,第三者のためにする契約における対価関係に注目する見解が有力である。本稿では,他人のためにする生命保険契約が民法上の第三者のためにする契約の一種であるとされていることを踏まえ,対価関係を含む民法学上の第三者のためにする契約の議論を確認した。対価関係論の影響の有無を独立的対価関係・従属的対価関係の区別に依拠しつつ検討した結果,契約者と被保険者が同一人の契約(契被同人契約)・同一人でない契約(契被別人契約)のいずれにおいても,モラル・リスク対応はできているので,残る問題は保険金受取人の特定により解決すべきとした。
 受益の意思表示の拒絶に相当するとも考えられる生命保険金請求権の放棄については,対価関係を考慮してもいずれの見解に有利な結論が得られるものではないと考えた。さらに,被保険利益概念については,対価関係概念の代替性を有するものではないと考えた。
 

■キーワード

 第三者のためにする契約,対価関係,保険金請求権の放棄

■本 文

『保険学雑誌』第661号 2023年(令和5年)6月, pp. 65 − 80

要約者と受益者との信頼関係の破綻と『対価関係』

—実務の観点からの考察—

長谷川 仁彦

■アブストラクト

 家計保険では,保険契約者を配偶者の一方,保険金受取人を他の配偶者とする「第三者のためにする生命保険契約」が圧倒的に多い。「第三者のためにする生命保険契約」は,保険契約者と保険者との間は「補償関係」といわれ,それを基に第三者である保険金受取人は保険者に対して直接請求する権利を取得する。保険契約者と保険金受取人との間には,補償関係とは別な「対価関係」を要する。したがって,対価関係に瑕疵があったとしても補償関係には影響しない。
 保険契約者が不倫関係の維持継続を目的として保険金受取人に指定したときは,その指定が公序良俗に反し,対価関係は消滅する。
 本稿は,生命保険契約が継続中に,一方当事者の不倫行為によって夫婦の信頼関係が破綻しながら,保険契約者が受取人変更手続き未了の間に保険事故が発生したとき,補償関係があることから保険者は表示ある保険金受取人に支払えば足りると解される。しかし,保険契約者と保険金受取人との間の「対価関係」が消滅しているときは,保険契約者(その相続人)は,保険者から支払いを受けた保険金受取人に対して,不当利得返還請求をすることができると考える。
 

■キーワード

 第三者のためにする生命保険契約,要約者,対価関係

■本 文

『保険学雑誌』第661号 2023年(令和5年)6月, pp. 81 − 96

サイバーリスクと戦争リスクの交錯

—ウクライナ侵攻と戦争保険の視点からの考察—

新谷 哲之介

■アブストラクト

 伝統的に戦争危険を担保する海上保険契約には,サイバー危険に関する免責条項が付帯されることが国際的通例となっている。近年,軍事におけるサイバー戦の重要性が増すなか,ロシアによるウクライナ侵攻に際し大規模なサイバー攻撃が行われ,武力紛争とサイバー攻撃の関連性が示された。
 本稿では,貨物海上保険における戦争リスクとサイバーリスクの関係性の検討を通じ,現行約款の課題について考えた。課題は,加害行為と損害の因果関係の規定方法がポイントとなる。その結果を受けて,最新の加害行為に則した理想的な約款規定のあり方,またサイバーと通常戦力の協同作用下でのアンダーライティングのあり方についても考える。
 

■キーワード

 戦争リスク,サイバーリスク,海上保険

■本 文

『保険学雑誌』第661号 2023年(令和5年)6月, pp. 125 − 149

特定自動運行装置の製造者の民事責任と保険

金岡 京子

■アブストラクト

 本論文においては,車両内に運転する者がいない状態で,遠隔監視のみにより,レベル4の自動運転技術で無人自動運転移動サービスを実施する特定自動運行に用いられる自動運行装置の特性上,製造者が運行に関与する程度が従来の自動運転に比べはるかに高まること,プログラムのアップデート,AIの機械学習等を通して,自動運行装置が引き渡し前と異なる状態になり,引き渡し後も製造者のコントロールが及ぶこと等を考慮し,また,EU指令改正等の動向を踏まえたドイツ法との比較法的検討に基づき,特定自動運行装置の製造者の民事責任については,新たな危険責任の観点から厳格化される方向性にあることを明らかにした。さらに,特定自動運行に特化した新たな企業保険による総合補償を通して被害者救済の実効性を高めることを検討した。
 

■キーワード

 特定自動運行,自動運行装置の製造者責任,人工知能製造者の賠償責任保険

■本 文

『保険学雑誌』第661号 2023年(令和5年)6月, pp. 151 − 171