保険学雑誌 第637号 2017年(平成29年)6月

アメリカ法における保険証券解釈ルールの動向

―責任保険法リステイトメント制定企画を契機として ―

梅津 昭彦

■アブストラクト

 アメリカ保険法において,保険証券の解釈は伝統的な契約解釈ルール一般の適用を出発点として,保険証券自体の,または保険取引の特質に対応してこれまで特徴的な解釈ルール・原則が判例法において展開してきている。その1つが「合理的期待法理」の適用問題であり,それはこれまで様々な角度から検討の対象となってきている。それによれば,現在,同法理の適用に対しては,一面で保険契約の締結過程や一方当事者がいわゆる消費者である場合について好意的に受け入れられているが,他方で,その適用にかかる要件等の不確実性を指摘し否定的な評価も見られる。そのような中で,責任保険をその対象としてリステイトメントを制定する作業が開始されていることは注目に値する。当該リステイトメントは,これまでの保険証券の解釈ルールの再確認であるとも考えられるが,特に,合理的期待法理を直接に条文化している部分はない。その意味では,アメリカ保険法における同法理の評価を表しているものである。
 現在,リステイトメント制定作業は終盤にさしかかっており,リステイトメントの裁判所判断に与える影響と実務に与える影響を考えると,本稿のような作業はアメリカ保険法の研究にとって意義がある。

■キーワード

 保険証券の解釈,合理的期待法理,責任保険法リステイトメント

■本 文

『保険学雑誌』第637号 2017年(平成29年)6月 , pp. 5 − 29

イギリス保険契約法の改正とわが国への示唆

中出 哲

■アブストラクト

 イギリスでは,保険契約に関する判例法と制定法について,立法による改正が進められている。2012年消費者保険(開示及び表示)法は,消費者保険における告知義務を自発的申告義務から質問に対する表示上の注意義務に変更し,義務違反の場合には,違反がなければなされていたであろう契約内容に調整する方式(保険料増加の場合はプロ・ラタてん補)を導入した。
 次に制定された2015年保険法は,事業者保険契約の告知義務について,自発的申告を基本としつつ,契約当事者双方が義務を負い,違反の場合には2012年法と同様の調整を行う方式とし,加えて,すべての保険契約を対象として,最高信義原則,ワランティ,不正な保険金請求に関する法などを修正した。2016年企業法は,保険金支払遅延に関する法を変更した。被保険利益に関する法改正も進められている。
 イギリスの保険契約法改正は,消費者保護を強化し,事業者保険についても一定の拘束力のある規律を示すもので,わが国にも示唆を与える。

■キーワード

 イギリス保険契約法,2015年保険法,最高信義の原則

■本 文

『保険学雑誌』第637号 2017年(平成29年)6月 , pp. 31 − 51

ドイツ保険契約法上のプロ・ラタ主義と告知義務違反

潘 阿憲

■アブストラクト

 2008年に施行されたドイツ保険契約法では,それまで,保険契約者の契約上または法律上の責務違反等の場合に適用されていた全部免責の原則が廃止され,いわゆるプロ・ラタ主義が導入された。このうち,故意によらない告知義務違反の場合については引受基準減額原則が採用され,重過失,単純過失および無過失による告知義務違反で,かつ正しく告知されていたとすれば別の条件で保険契約が締結されたであろうときは,契約解除または解約は認められず,契約条件の遡及的変更のみができるものとされた。本稿は,プロ・ラタ主義としての契約調整制度について検討したものである。
 具体的に,契約調整の要件としては,故意によらない告知義務違反のほか,保険者が告知されなかった事実を知ったとしても,別の条件で当該契約を締結していたであろうこと,保険者が保険契約者に対し文書方式の個別の通知により,告知義務違反の効果を指摘したことなどが必要である。また,契約調整の効果として,保険者の解除権および解約権が排除されて,契約内容の調整が行われ,危険担保の除外や制限,割増保険料の支払い等が認められる。さらに,主張立証責任に関しては,保険契約者は,原則として,保険者が告知されなかった事実を知ったとしても別の条件で契約を締結していたことについての主張立証責任を負うものの,その立証が困難であることから,保険契約者が契約調整の可能性について概括的に主張した場合には,その陳述責任は果たしたことになり,これに対し,保険者は,当該主張を争う責任を負い,その引受基準を開示しなければならないと解される。

■キーワード

 告知義務違反,プロ・ラタ主義,契約調整
 

■本 文

『保険学雑誌』第637号 2017年(平成29年)6月 , pp. 53 − 81

フランス・ベルギー保険契約法

―憲法規範・条約規範の影響―

山野 嘉朗

■アブストラクト

 フランスおよびベルギーでは,近時,保険契約法の諸規定と憲法や条約との抵触問題が生じ,複数の訴訟が提起されている。同様の問題はEUレベルでも生じている。フランスでは,近年,憲法改正により事後的な違憲審査制度が導入された。その結果,保険契約法の特定の規定についてまで違憲性が主張されるようになったが,憲法院への移送を認めた判決は見られない。他方,ベルギーでは,生命保険契約に関する規律が違憲であるとの判決が下され,保険契約法の改正を余儀なくされた。
 また,フランスでは生命保険契約法の規定がヨーロッパ人権条約に違反するとの主張も行われたが,裁判所はこれを認めていない。
 EUでは,司法裁判所判決の影響を受けて,保険契約において男女別料率の使用が禁止されるに至っている。その結果,合理的なリスク区分が不可能となっている。このように,男女平等原則が経済効率性に優先している。
 保険制度は経済合理性という価値基準を基に構築されている。他方,法領域には,法の下の平等,差別禁止という価値基準が存在する。フランスやベルギーでは,裁判という場において,これらの価値基準が衝突している。このような状況が,わが国の法解釈論や立法論に直ちに影響を与えるものではないものの,国際化が急速に進む中で,今後は,保険取引においても各国の価値基準の差異に留意しなければならない場面が増えてくるであろう。

■キーワード

 保険契約法,憲法規範,条約規範

■本 文

『保険学雑誌』第637号 2017年(平成29年)6月 , pp. 83 − 101

マイナスのモラルハザード―契約法で想定していなかった保険商品の登場

米山 高生

■アブストラクト

 本稿は,近年の保険契約に関するホットイシューをとりあげて,それを紹介するとともに,わが国保険法に資する「何か」を提示するというシンポジウムの趣旨にしたがって,保険理論の立場から,「何か」を提示しようとするものである。
 保険法の条文に取り入れられていない「リスク」概念について,保険法の条文の「危険」という言葉の用法を中心に検討した。その結果,保険利用にかかる不正利用に対する強い配慮がみられる反面,リスク概念における損失の期待値についての認識が薄いように思われる。そのため,保険法は,極端なかたちのモラルハザードを防止する側面は強いが,反面,損失の期待値を減少させるようなインセンティブを組み込んだ新しい保険商品を想定することがなかった。
 本稿では,保険商品の中に損失の期待値を減少させるというインセンティブを組み込んだ近年の保険商品であるテレマティクス保険と健康増進型保険という二つの商品を紹介して,これらの商品が保険理論および保険法に一定のインパクトをもたらすものと指摘した。その結果,保険法およびその解釈において損失の期待値を取り入れること。さらに保険監督においては,マイナスのモラルハザードを組み込んだ新しい商品の認可において,厳正かつ柔軟な対応をする必要があることを指摘した。イノベーティブな商品が生まれる時には,従来の商品に対する紋切り型の対応は有害となることがある。保険商品の認可にあたっては,商品の社会的意義を十分に考慮した上で対応するのが望ましいのではないかと結論付けた。

■キーワード

 モラルハザード,テレマティクス保険,健康増進型保険

■本 文

『保険学雑誌』第637号 2017年(平成29年)6月 , pp. 103 − 118

韓国・日本・中国の保険法上の告知義務制度に関する比較研究

朴 恩京(李 芝妍・訳)

■アブストラクト

 約10年前から世界各国では保険法の改正作業が活発に行われており,その主な目的は保険契約者を保護する法的根拠を設けることであった。特に,保険契約を締結する際,保険契約者が負う告知義務のパラダイムの変化が目立っていた。
 保険法の改正過程で保険者の約款に対する説明義務と違反時の効果を強化する反面,保険契約者の告知義務は緩和する方向が示されており,今や先進的な保険法の評価基準の一つとして国際的な整合性を形成した。
 本論文ではほぼ同じ時期に改正作業を終えた韓国と日本,中国の保険法上の告知義務に関連した最近の改正内容を国際的整合性の観点で分析を行った。東北アジアに位置する三国は,実質的に先進的保険市場を形成しており,量的に急速な成長をなしてきたので,三国の保険法は周辺諸国に及ぼす影響は少なくないだろう。
 研究を行った結果,韓国の告知義務は応答義務へ変更されていないので,国政的整合性に最もかけ離れていると把握できた。日本は応答義務の導入,保険媒介者による告知義務の妨害時の解除権の制限規定を定めているが,比率的保障制度に対する規定を定めていない。中国は応答義務の規定は勿論,告知義務違反の主観的事情による故意と過失による故意に分けて,保険者の責任をそれぞれ定めているので,三国の中では最も前向きの告知義務制度であると評価できる。国際的整合性とは少し差がある部分ではあるが,中国保険法の適用過程に現れた道徳的危険の可能性,故意または過失の区分上の困難,保険契約者に対する保険保護の効果に対する成果と問題点に対する分析的研究は,今後の韓国と日本の保険法改正において示唆点を得られたと思われる。

■キーワード

 告知義務,保険契約者の保護,契約解除

■本 文

『保険学雑誌』第637号 2017年(平成29年)6月 , pp. 157 − 177

発達障害がある学生の保障に関する一考察

―実務の現場からみる保険の意義と保険者の役割―

藤本 昌

■アブストラクト

 2016年4月1日の障害者差別解消法の施行に伴い,今,高等教育機関では,障害がある学生(以下,障害学生)に対する合理的配慮の対応が進んでいる。一方で,昨今は,障害学生の中でも,とりわけ発達障害がある学生が急増し,彼らの多くが自殺や消極的な休学・退学・留年に追い込まれている。保険は,それらに対して,何らかの社会的な貢献をしているのだろうか。
 発達障害があっても,社会での活躍の場はいくらでもある。実務の視点で,水島(2006)「保険はすぐれて事前的性格をもつ制度」と,米山(2016)「マイナスのモラルハザード効果を考慮した保険」の融合に着目し,発達障害がある学生のための保険の意義を確認する。
 保険は,現実社会で有効に機能させることが重要である。保険者は,すべての学生のための保険づくりを通じて,社会的な役割を果たすことができる。

■キーワード

 発達障害学生,保険の意義,保険者の役割

■本 文

『保険学雑誌』第637号 2017年(平成29年)6月 , pp. 179 − 200