保険学雑誌 第621号 2013年(平成25年)6月

韓国における詐欺による保険金請求に関する研究

韓基貞(姜光文・訳)

■アブストラクト

 保険金の詐欺請求は,韓国社会において深刻な社会問題となっているが,現行の商法保険編には,保険詐欺を抑制できる適切な立法規定が設けられていない。
 本論文は,まず,韓国における保険金の詐欺請求の実態を紹介し,その深刻さを指摘する。次いで,詐欺請求に関する保険約款の規定および保険金詐欺事件に関する判例の立場をまとめた。更に,詐欺請求に対する日本など諸外国法の立法規定を紹介し,韓国商法保険編の改正過程における関連立法試案の作成経緯,その内容及び問題点について検討した。かかる分析を通じて,近い将来に立法予定のにその要件と効果を明確にし,一定な内容に関する著者の見解を示した。
 具体的には,詐欺請求によって信頼が失われた保険契約を保険者は解除することができ,かつ,過大請求がなされた場合に保険者はその支払責任から免責されながらも,他方で,過大請求の場合に,保険者の免責が濫用されないようにその要件と効果を明確にし,一定の制限を設ける必要があると結論付けた。

■キーワード

 詐欺による保険金請求,解除権,韓国商法保険編の改正

■本 文

『保険学雑誌』第621号 2013年(平成25年)6月 , pp. 1 − 30

医学の進歩と保険約款

佐々木 光信

■アブストラクト

 終身タイプの第三分野商品が普及しているが,超長期の保険期間中に医療環境は大きく変化する。契約時点では想定していなかった医学の進歩は,商品のリスクに大きく影響するのみならず,そもそも約款と医療の乖離という問題を提起する。保険期間中の医療環境の変化は,保険契約としての契約時主義と保険事故の発生時主義の対立構造をもたらし,消費者の苦情にも繫がっている。また保険事故の要件には,医学的な記述が不可欠で,約款が分かりづらいという消費者の批判を増幅させ,約款の運用をより複雑にしている。約款の医学的解釈には,時間と共に変化する異時性の差異と医学的記述に対する読み手の理解の差による同時性の差異が,輻輳することになる。本稿では,今後想定される医学の進歩を見つめつつ,約款への影響を分析することにより約款の在り方,言い換えると約款の医学的骨格の強化について論じる。

■キーワード

 契約時主義,発生時主義,医学の進歩

■本 文

『保険学雑誌』第621号 2013年(平成25年)6月 , pp. 31 − 48

生協共済連における健全性維持に関する考察

大塚 忠義

■アブストラクト

 わが国の保障事業における共済の存在は大きいと同時に,大規模共済が破綻した場合の影響も民間保険会社の破綻と同様の大きさになりうる。本稿では,共済連合会のうち,経営理念,販売商品の面で民間保険会社との差異が大きい生協共済連の財務の健全性を分析し,その維持のための方策を検討する。
 分析結果から,生協共済連は堅固な自己資本に支えられ,高い財務の健全性を維持していることがわかった。しかし,生協共済連がその事業内容を民間保険と同様のものに変更すると業務継続が困難なほどソルベンシーマージン比率が低下するという結果が試算によって得られた。そして,生協共済連の自己資本は,生協の特質からくる制約により,短期間に増加させる方策を持っていない。
 生協共済連が財務の健全性を維持するためには,自己資本の充実を図るより,引受けるリスク量を管理し,リスク許容度を超えることのない事業運営を行うことが肝要である。この点は,株式の増資や基金の増額といった自己資本の増加策をもっている民間保険会社においても留意しなくてはならない。

■キーワード

 生協共済連,自己資本,ソルベンシーマージン比率

■本 文

『保険学雑誌』第621号 2013年(平成25年)6月 , pp. 49 − 68

労働者の身体障害・人格権侵害に関する取締役の賠償責任を担保する保険

吉澤 卓哉

■アブストラクト

 近時,労働者の身体障害や人格権侵害に関して,雇用主たる会社の取締役が労働者から第三者責任を追及されるようになっていたが,とうとう,大規模な会社の取締役に第三者責任を負わせる裁判例が登場するに至った。本稿では,こうした裁判例の潮流を確認・整理したうえで,労働者の身体障害や人格権侵害に関する取締役の第三者責任を担保する保険商品の存否を確認した。その結果,労働者の人格権侵害に関する取締役の第三者責任を担保する保険商品は,万全ではないものの,相当程度に用意されている。しかるに,労働者の身体障害に関しては取締役の賠償責任を担保する保険商品が見当たらないようなので,ニーズに応じた商品開発を提言する。

■キーワード

 取締役,身体障害,人格権侵害

■本 文

『保険学雑誌』第621号 2013年(平成25年)6月 , pp. 69 − 88

暴力団排除条項と保険契約

藤本 和也

■アブストラクト

 暴力団排除条項は,保険契約から反社会的勢力を排除するため,保険法における重大事由解除の包括条項を具体化したものと整理し保険約款に導入された。しかし,重大事由解除に位置づける理論的根拠,暴排条項未導入の旧約款契約における解除の可否等,未だ十分に議論されていないと思われる論点もあることから,これらの整理を試みることが本稿の目的である。
 反社に属すること自体,保険金不正請求を招来する高い蓋然性を有している。保険法はモラル・リスク排除のため反社該当という属性要件の充足のみで保険契約の重大事由解除を許容している。したがって,保険法は重大事由解除における包括条項の具体化である暴排条項も許容している。暴排条項が導入されていない旧約款に基づく保険契約については,理論上,保険法における重大事由解除規定を直接の根拠として,反社属性をもって解除を行うことが許容されると考える。

■キーワード

 反社会的勢力,重大事由解除,暴力団排除条項

■本 文

『保険学雑誌』第621号 2013年(平成25年)6月 , pp. 89 − 109

英国におけるRetail Distribution Reviewによる金融商品販売規制について

小林 雅史

■アブストラクト

 英国においては独立金融アドバイザー(IFA)が金融商品の販売を担っているが,商品供給業者から支払われる手数料の多寡により販売が左右される傾向(commission bias)の根絶のため,規制当局は2013年からIFAの報酬体系についてコミッション方式を全廃し,顧客からのフィー方式のみとした。あわせて,顧客に対し商品供給業者から独立していると称するためには,販売業者に商品選択における包括的・公正な分析や,商品供給業者の報酬体系に左右されないことを求める規制などが導入された。英国と日本の保険募集実態は大きく異なるものの,日本においても金融審議会「保険商品・サービスの提供等の在り方に関するワーキング・グループ」において,保険会社の代理店が顧客に対し,「公平・中立」であることなど,保険会社の代理店としての立場を誤解させるような表示を行うことは禁止すべきという議論が行われている中で,こうした英国の動向は大いに参考となる。

■キーワード

 募集規制,販売規制,金融商品

■本 文

『保険学雑誌』第621号 2013年(平成25年)6月 , pp. 111 − 131

中国地震保険創設に向けての提案

―日本の経験を踏まえて―

施 錦芳、久保英也

■アブストラクト

 本稿は,世界最大の地震国でありながら地震保険制度が存在しない中国において,同保険制度を新設する際の大まかな骨格を示すことを目的としている。公開データの乏しい中国において,同制度の前提となる地震保険料を算出した上で,日本の同制度からの示唆を反映する。具体的には,①丁寧に地震に関する資料を収集し,364の個別の地震のサンプルを抽出する。次に,②地震ごとの被害額を計量的に推計し,中国の地震保険料を計算する。そして,③日本の地震保険制度の特徴を生かしながら,中国地震保険制度の在り方を考える。
 算出された地震保険料は中国の都市部もしくは都市近郊の農村部世帯が支払えるものであり,これに政府補助を加えより広い地域に普及させることは可能である。そして,日本の①長期の「地震リスクの時間分散」,②再保険制度,③基金制度(積立金)等の知恵を中国で生かすことでより良い制度を立ち上げることができる。

■キーワード

 中国地震保険制度,リスクの時間分散,地震保険料

■本 文

『保険学雑誌』第621号 2013年(平成25年)6月 , pp. 133 − 152

欧州連合における新しい保険監督法制

佐藤 雅俊

■アブストラクト

 欧州連合には,それが国家の連合体であるがゆえの利害衝突調整メカニズムの定立や保険監督基準の実務上の統一化がなされずにきた経緯がある。その意味で,先般の欧州連合における保険監督機関の創設(後述するEIOPA)は,加盟国間に内在する保険監督上の諸問題を解決しようとする動きを具体化したものに他ならない。本稿における検討から得られた結論は,以下のとおりである。
 すなわち,欧州連合では,域内保険市場における「自由化」にともなってさまざまな競争状態とその弊害が生じた。よって,事後監督規制がより重要となったので,これをより強化するため,保険監督統合指令としてソルベンシーⅡ指令の制定が求められた。
 そして,EIOPA は各加盟国の保険監督機関に対し,保険監督統合指令の遵守と,実務におけるソルベンシー等の数値基準を確保させるよう促す義務があり,これに呼応する形で各加盟国の監督官庁に課せられる業務は格段に増えると同時に,その地位の相対的低下が生じるものと予測される。

■キーワード

 欧州連合法,保険監督機関,保険監督法

■本 文

『保険学雑誌』第621号 2013年(平成25年)6月 , pp. 153 − 172

傷害保険の外来性要件について

―飲酒後の吐物誤嚥事故に関する2つの裁判例をめぐって―

植草 桂子

■アブストラクト

 本稿は,飲酒後の吐物誤嚥による窒息が傷害保険の外来性要件を満たすかという問題について,異なった解釈をとった大阪高判平成23年2月23日判時2121号134頁(上告審判決:最判平成25年4月16日裁判所時報1578号1頁),東京地判平成24年11月5日判例集未登載を素材として,英米,ドイツにおける解釈や裁判例を参考とした上で検討するものである。
 被保険者が飲酒した後に,吐物誤嚥により窒息したというケースについては,まず原因事故の範囲が問題となるが,この点については,窒息(身体傷害)を直接引き起こす原因事故に相当するのは吐物誤嚥のみであって,被保険者の飲酒,飲酒後に生じた嘔吐や意識障害等の症状は原因事故に含まれないと解する。そして,吐物が,既に飲み下され消化されたものであること,誤嚥もアルコールが身体に吸収された後に生じていることからすれば,飲酒後の吐物誤嚥は,基本的に内因性の事故であって外来の事故にあたらないとみるべきである。

■キーワード

 傷害保険,外来性,吐物誤嚥

■本 文

『保険学雑誌』第621号 2013年(平成25年)6月 , pp. 173 − 193