保険学雑誌 第613号 2011年(平成23年)6月

【大会記念講演】新しい時代の損保経営

隅 修三

■アブストラクト

 現在の日本保険市場に90年代の自由化がもたらした影響は大きい。自由化の過程での混乱から,保険金の支払い漏れ等の問題が生じたが,業界全体で信頼回復に向けた取り組みを進めている。国内損保事業では収益性の向上を急ぐ傍らで,健全な競争環境を築いて行くことが最重要課題である。保険の本来的特性は,時間的・地理的なリスク分散であり,当社ではこの考えから海外保険事業の拡大に取り組んでいる。現在,国際的なレベルで保険会社の健全性を評価する枠組み作りが進められているが,保険会社におけるリスク管理を促すとともに,リスクの定量的な把握を促す潮流となっており,これを受け当社としても「リスクベース経営(ERM)」を進めている。保険契約者の保護に万全を期し,経営の透明性を高めつつ保険業界の競争力を向上させ,健全で規律ある市場を維持する上では,このERMの考え方を,早く業界全体に普及させる必要があると考える。

■キーワード

 海外保険事業展開,ソルベンシー規制,リスクベース経営

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 1 − 9

金融ADR の現状と問題点

甘利 公人

■アブストラクト

 2010年は金融ADR元年である。裁判外紛争解決制度(ADR)には,裁判との比較において,迅速性,簡易性,廉価性,柔軟性,秘密性,専門性などに利点がある。新たな金融ADR制度のもとで,生命保険協会など7団体が指定紛争解決機関として認定された。そこで,金融ADRの概要をみたうえで,各協会の相談所等の業務規程を比較しながら,金融ADRの裁定等の判断基準,裁定の受諾義務,裁定申立手続の要件などの主要な問題点を検討する。
 裁定等の判断基準については,金融ADRのメリットを十分に生かすことを主眼とするならば,イギリスのFOSのように法律や判例にとらわれない解決方法が望ましい。また,裁定の受諾義務については,契約者等の保護の観点から,裁定機関との契約上の義務として,これを認めるべきである。さらに,裁定申立手続の要件として, 苦情等の申立を受け付けるために一定の要件を課している場合があるが,これを厳しくすると保険契約者の保護に欠けるので,このような制限は合理的に制限すべきである。

■キーワード

 ADR,裁判外紛争解決,消費者保護

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 13 − 24

消費者が期待する金融ADR

丹野 美絵子

■アブストラクト

 本稿では,金融ADRが存在する意義と必要性について,消費者の視点から考える。保険契約が複雑・難解化したために,保険についての消費者トラブルが増加している。消費生活センターは必ずしも保険についての専門的知見に秀でていないため,これによるトラブル解決は容易でない。金融ADRは,消費者と事業者間に著しい情報格差,交渉力格差があることを踏まえた消費者保護のための制度とされており,消費者にとって,裁判外の紛争解決機関があることの意義は大きい。消費者トラブルには,複数の金融ADRで取り扱いが可能な事案があるが,その解決には,基本的に消費者の意向が尊重されるべきである。金融ADRが消費者に本当に信頼されるものとなるかの一つの目安は,消費者の利用数の増大である。そのためには,消費者から見て納得感のある解決が行われることが最も重要な要素となる。消費者の利用が増えれば,金融ADRが一種の権威を持つことになり,将来,消費者と事業者の紛争解決の主流になることが予測される。

■キーワード

 金融ADR,消費者の視点,消費者保護

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 25 − 33

金融ADRが市場に及ぼす影響

石田 成則

■アブストラクト

 金融ADR(Alternative Dispute Resolution)の概要,関連法規の整備状況などを概観しつつ,経済学の視点から,金融ADRが保険市場とその取引に及ぼす影響を考察する。まず,金融・保険商品やその取引をめぐる紛争解決手段について,それが個別経済主体の行動や選択に与える効果を想定しながら,付随するトラブル・コスト(民事訴訟・和解費用や取引縮小に伴う暗黙の費用)に影響する要因について整理した。現状では,保険規制環境の変化やそれに伴う保険商品の多様化,販売ツールの多角化などがトラブル・コストを左右している。つぎに,従来の相談内容や苦情処理の状況を踏まえると,保険商品自体が複雑でわかりにくいこともあり,販売時・契約時および保険期間中の情報提供不足と消費者・契約者の誤認が大きな原因となっている。そのため,金融ADRでは,その特徴である専門性と迅速性・簡易性のバランスを取りながら,プロセスを重視した解決が望まれる。こうした紛争解決姿勢が,未然抑止に必要な「事前投資」を促進することで,トラブル・コスト軽減に寄与するとした。

■キーワード

 情報の不完全性,不完備契約,摩擦的費用

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 35 − 54

金融ADRにおける裁定基準と保険法

福田 弥夫

■アブストラクト

 平成22年10月1日からスタートした金融ADR制度に基づいて,各保険関係団体が指定紛争処理機関としての認可を取得し,共済協会はADR促進法に基づくADR機関としての認証を平成22年1月に取得した。これらのADR機関は,法に基づいて紛争解決を行う裁判制度とは異なった新たな紛争処理機関として位置づけられるが,裁定にあたってはどのような紛争を対象とするのか,そして何を基準として判断をして行くのかが問題となる。金融ADR制度は訴訟とは異なり,民事上の損害賠償の対象とはならない紛争に対しても幅広く対応することがその制度趣旨であるとされており,これまで業界団体内部に設置していた苦情相談室等が裁定を行うに適当ではないと判断された事例も裁定対象となろう。裁定基準についても,制定法や約款などに厳格に拘束されるのではなく,当事者の合意に基づき,公序良俗に反しない限り,法や約款等から離れた判断が認められると考えられる。

■キーワード

 金融ADR,紛争解決,裁定基準

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 55 − 64

保険法における保険金受取人の権利

―その取得と放棄について―

遠山 優治

■アブストラクト

 保険法では,生命保険契約の保険金受取人に関する規律が大きく見直されており,本稿では,保険金受取人の権利をめぐる問題について,その取得と放棄を中心に改めて検討した。保険金受取人は当然に保険契約の利益を享受する旨の規定が片面的強行規定とされ,保険事故発生まで保険金受取人を変更できることなどから,保険法では,保険契約者は保険事故発生前の保険金受取人の変更のみが認められ,保険事故発生後に保険金受取人がその権利を放棄した場合は,保険金請求権は消滅すると考えられる。

■キーワード

 第三者のためにする保険契約,保険金受取人,保険金請求権の放棄

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 91 − 110

韓国における保険詐欺に対する取り組みと課題

―道徳問題としての保険詐欺―

李 潤浩

■アブストラクト

 韓国において最近10年の間,保険詐欺問題は当局と業界のもっともホットなイシューの一つであった。この間,保険詐欺を実証する研究方法と詐欺摘発技術が進展し,法整備を含め保険詐欺防止体制が構築される等,保険制度の多くの資源が保険詐欺防止に割り当てられた。その結果,保険詐欺は公序良俗に反するということへの理解と共感が広がったほか,保険詐欺の摘発率が高まってきた。しかし一方では,保険コストの引き上げや正当な理由なしに支払いを拒否したりするなど,保険制度の社会的効用を引き下げ,保険制度に対する大衆の否定的認識を助長し,保険詐欺を容認する風潮を創り出すという悪循環を繰り返してきた。この事実は,保険経済学と犯罪学の観点からのみ講じられてきた取り組みの限界を露呈していることを示唆する。特に保険詐欺問題のほとんど全部と言っても過言ではない「出来心詐欺」問題に対してはこうしたアプローチは限界を露呈し,例えば,社会心理学など新たなアプローチが要求される状況にきている。

■キーワード

 保険詐欺,保険経済学,心理学

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 111 − 127

仏教系生命保険会社の成立および破綻理由について

—佛教生命,明教生命,六条生命の分析から―

深見 泰孝

■アブストラクト

 明治期に我が国では,仏教系生命保険会社と呼ばれる生命保険会社が設立される。この会社は,教団や僧侶が直接,間接的に関与したことが特徴である。保険思想が十分に普及していなかったとされる当時,多くの門信徒を抱える教団を活用した保険募集は,募集を優位にすすめる方策と考えられた。ところが,多くの会社が明治期に破綻や合併,支配権異動などで仏教系生命保険会社としての営業活動を終えている。そこで,本稿では,これまで明らかにされていなかった仏教系生命保険会社の支援形態の差異に注目し,この違いが経営に与えた影響,破綻要因に与えた影響を分析し,また,仏教系生命保険会社が保険業史上に果たした役割について検討した。

■キーワード

 仏教教団と生命保険,ガバナンス,経営破綻

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 129 − 148

税理士職業賠償責任保険における免責条項の適用における課題

―東京高裁平成21年1月29日判決を素材にして―

高岸 直樹

■アブストラクト

 税理士職業賠償責任保険約款には,加算税・延滞税及び納税者が納付すべき本税を免責とする条項があり,この設定趣旨については説が分かれているが,平成15年最高裁判決は設定趣旨を納税申告の不正の助長を防止するためと解し,設定趣旨に反しない場合に免責を否定した。しかし,保険者と保険契約者の意図は一律の免責にあり,平成16年に免責条項を改訂した。この経緯にもかかわらず,本稿で素材とした東京高裁平成21年1月29日判決は改訂後の免責条項適用を否定した。そこで,本稿は,約款文言を重視する立場から,まず,改訂の効力について検討し,平成15年最高裁判決は保険者と保険契約者の合意による免責条項設定を否定したものではなく改訂は有効と解した。そのうえで,税理士の過誤と免責事由該当事実との因果関係の必要性についても約款文言に沿った解決を求め,また,免責条項における「税額」の意義につき平成19年改訂にも触れ,考察したものである。

■キーワード

 税理士職業賠償責任保険,免責条項,約款文言

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 149 − 167

生命保険業の効率性と公平性

―有効競争の観点から―

根本 篤司

■アブストラクト

 有効競争は,市場における規模の経済性の追求を是認し,同時に市場競争によるメリットの享受を目的とした概念であり,市場の規制政策評価(有効競争レビュー)の理論的根拠を提供することで,いまなお用いられる。
 わが国の生命保険業においても規制政策評価は必要である。
 現在,生命保険会社は規制緩和を端緒とする競争環境に加えて,低調な金融環境へ対応するために金融収益依存型経営からの脱却・転換を図っている。こうした状況で生命保険会社の保険金不払い問題が生じた。
 生命保険市場における保険金不払い現象を,情報の格差からもたらされる生命保険会社の機会主義的行動と理解するとき,市場機構を介した効率的な資源配分は阻害され,また保険取引をめぐって,加入者・被保険者の保険料負担とリスク負担の公平性は損なわれる。
 望ましい市場成果に向けて,このような生命保険業の現代的問題を解決する必要があるが,規制政策評価としての有効競争の概念は,その一助となる。
 市場の効率性の追求と保険取引における公平性の保持が,今後の規制政策評価の内容に求められる。

■キーワード

 効率性,公平性,有効競争

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 169 − 186

国際会計基準公開草案『保険契約』における保険契約の測定および表示

佐藤 元彦

■アブストラクト

 2010年7月にIASBから公表されたED『保険契約』では,保険負債の測定および表示について重要な提案がなされている。本稿は2007年5月に公表されたDP『保険契約に関する予備的見解』からEDに至るまでのIASBにおける保険負債の測定および表示についての検討を跡付け,保険負債の測定において初期利益を認めるべきではないこと,保険負債の測定に際し不履行リスクを含めて考えるべきではないこと,OCIを活用して保険負債の変動を2つの利益に分けて表示すべきこと等を考察するものである。

■キーワード

 初期利益,不履行リスク,OCI(その他包括利益)

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 187 − 206

韓国における改正保険業法の主要内容と今後の課題

金 亨冀

■アブストラクト

 本稿は,最近,改正された韓国の保険業法について,その改正の主要内容を概観することを目的とする。2011年1月24日から施行された改正保険業法の主な内容は,1)契約者への保護装置の強化,2)保険商品の開発及び審査手続きの改編,3)保険募集組織に対する規制体系の整備,4)保険業認可の緩和,5)保険会社の業務範囲の拡大,6)保険会社資産運用の自主性拡大などである。この中でも,政策当局が特に重点を置いて改正した部門は,消費者の保護強化と保険会社の自主性拡大である。今回の保険業法の改正に含まれなかった事項は,共済事業の監督一元化,保険会社への共済業務の許容,保険詐欺と関連した金融委員会の資料提出要請権などであるが,保険業界からは,これらを認めるべきであるとの要望が強く,今後,さらなる議論が展開されると思われる。

■キーワード

 韓国保険業法,保険契約者保護,保険会社の自主性

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 207 − 223

改正保険法における今後の課題について

福田 弥夫

■アブストラクト

 平成22年4月1日から保険法が施行されたが,これは主要な法律の現代語化の作業のひとつである。短期間のうちに法の制定が可能となったのは,損害保険契約法,生命保険契約法そして傷害保険契約法について,すぐれた「試案」がすでに存在していたことも一因である。保険法が新たに導入した規定のうち,他人を被保険者とする死亡保険契約において,一定の場合に被保険者からの保険契約者に対する解除請求を認める被保険者の解除請求権には,被保険者からの請求にもかかわらず,保険契約者が解除をしない場合の問題があり,関連して保険者の調査義務の問題もある。保険契約者の差押債権者等が保険料積立金のある死亡保険契約の解除をした場合,保険金受取人の意思によって当該契約を存続させるための制度としての介入権には,保険契約者変更の効果が伴わず,別の債権者による再度の差押えの危険性が存在している。この他にも多くの課題が残されている。

■キーワード

 改正保険法,解除請求権,介入権

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 225 − 231

中国新型農村合作医療保険制度の現状とDEAモデルによる制度運営効率の測定

劉 波,久保 英也,劉 暁梅

■アブストラクト

 中国農村部を対象とした公的医療保険制度である新型農村合作医療保険制度は,国民が整備を切望する重要な社会保障制度である。
 本稿は,①重病による入院を主な保険対象としたため,外来診療を結果として排除せざるを得なかった同医療保険制度の問題点の明確化,②地域ごとに異なる運営がなされる同制度の地域間効率性の比較,③公平かつ効率的な医療保険制度への提案,の3つからなる。
 分析の結果,都市と農村間そして農村(東部,中部,西部)間の医療アクセスや医療給付水準の格差は縮小傾向にあるものの,依然大きい。また,DEAモデルを用いた地域ごとの医療保険制度運営効率は2006年に医療保険政策の変更を受け一時低下したが,その後回復を示し,地方政府の対応の速さが確認できた。今後,外来診療への政府財源の投入,農村の末端医療機構の改善などの改善を通じ,患者の自己負担率3割の実現が望まれる。

■キーワード

 外来診療,マルムキストDEAモデル,技術の効率性

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 233 − 252

他人のためにする保険契約は,本当に第三者のためにする契約か?

―ドイツVVG改正を契機として―

今井 薫

■アブストラクト

 新保険法では,「第三者のためにする損害保険契約」とされるいわゆる「他人のためにする保険」だが,この考え方は旧VVGの条文配置に淵源を有するものと思われる。しかし,新VVGでは,従来損害保険に固有であったFremdversicherungの規定が保険総則におかれることとなったため,生命保険では用語法の異なる2つの「他人のためにする保険」に関する規律が併存する。イタリアでは2002年の破毀院連合部判決でFremdversicherung型の「他人のためにする保険」は生命保険においては事務管理とされ,保険金請求権の指定変更権も被保険者自身に帰属するという判決を見ることができるが,新VVGにおいては,従来の見解が抑制的に維持された。しかし,これはドイツのFremdversicherungは,被保険者に対する保険契約者の諸権利を43条以下で維持しているからであって,原初形態のそれが当然に「第三者のためにする契約」の性質を有するものではない。

■キーワード

 Versicherung fur fremde Rechnung, Versicherung zugunsten Dritter, 他人のためにする保険契約

■本 文

『保険学雑誌』第613号 2011年(平成23年)6月, pp. 253 − 272