保険学雑誌 第609号 2010年(平成22年)6月

金融論の研究・教育における保険

家森 信善

■アブストラクト

 保険論の重要な隣接分野に金融論がある。また,現実の保険会社の活動も金融業の一部と認識されることが普通である。そこで,本稿では,保険と金融の2分野の研究や教育におけるシナジーを実現するために,金融論の研究や教育においてどのように保険が扱われ,どのような保険の側面に関心が持たれているのかを明らかにする。具体的には,第1に,金融論の大学レベルのテキストで保険がどのように扱われているかを,その取扱いの歴史的な変化も含めて調べる。第2に,金融研究においてどのような保険の側面が関心を持たれているのかを,日本金融学会での報告タイトルを題材にして明らかにする。最後に,アメリカを中心にした世界の保険研究では経済学の影響が強いことがよく知られているが,どのような分野が保険研究に影響を与え,どのような点が研究されているのかを,先行研究に基づいて紹介する。

■キーワード

 金融論,保険論,金融教育

■本 文

『保険学雑誌』第609号 2010年(平成22年)6月, pp. 5 − 19

保険概念における不可欠な条件について

安井 敏晃

■アブストラクト

 近年,保険概念についての関心が高まっている。その背景として保険以外のリスク処理手段の発達により,保険との違いを明確にする必要があることが指摘される。しかしそれだけでなく,消費者に対する保険教育を進める上でも保険概念を改めて検討する必要があろう。従来の保険概念を巡る議論は研究者により厳密に検討されてきたものであり,一般の消費者にとっては難解と考えられるからである。消費者のためには,保険概念に不可欠な条件を押さえながらも簡潔な説明が必要となる。そこで本稿では,その不可欠な条件を検討してみた。その際,特に「掛け捨て」という広く流布した表現を手がかりにした。これは誤った表現であるにも関わらず,現在でも多くの消費者に使用されている。このことは消費者にとり,その誤りが分かりにくいことを意味しよう。そこでこの誤解を解くための簡潔な説明を試みることで,消費者にまず伝えるべき保険概念の条件を検討してみた。

■キーワード

 保険概念,リスク分担,「掛け捨て」

■本 文

『保険学雑誌』第609号 2010年(平成22年)6月, pp. 21 − 36

リスク移転および集積システムとしての保険

―経済学的アプローチ―

大倉 真人

■アブストラクト

 保険システムの機能を説明する上でのポイントは,「移転」と「集積」である。移転を通じて,各主体の危険回避度に応じたリスク配分を行うことができる。また,集積を通じて,集団に属する各主体同士のリスクの相殺が可能となる。
 以上のことを基礎に,本論文では,保険を「リスクを保険会社に移転し集積することを通じて,社会的に望ましいリスク配分を生み出すシステム」と規定した上で,その機能について簡単な経済モデルを用いた分析を行うことを主たる目的とする。
 さらに本論文では,このような保険システムの機能が現実社会において万能なものではなく,その機能の発揮を阻害する様々な要因が存在する点についても述べていく。

■キーワード

 移転,集積,経済モデル

■本 文

『保険学雑誌』第609号 2010年(平成22年)6月, pp. 37 − 48

法律の適用・解釈における保険概念の役割

後藤 元

■アブストラクト

 法律の適用・解釈において保険概念に関する議論が意味を持つ局面としては,「保険」であることが法規定の適用要件になっているため,ある取引がまさに「保険」取引であるのか否かということが問題となる場合(Ex.保険法・保険業法・法人税法の損金算入)と,当該規定の要件に「保険」という概念は含まれていないが,ある取引に当該規定を適用するに際して,当該取引が保険取引であることがどのような影響を与えるかということが問題となる場合(Ex.独占禁止法の課徴金額の算定)がある。いずれの場合についても,「保険」という取引・制度をどう捉えるかという問題は重要なものであるが,その議論から個々の法規定の適用について直接結論を導きうるとは限らず,当該法規の趣旨・効果を踏まえて当該法規をいかなる場合にどのように適用すべきかという観点からの検討が必要である。

■キーワード

 保険概念,税法,独占禁止法

■本 文

『保険学雑誌』第609号 2010年(平成22年)6月, pp. 49 − 64

将来キャッシュ・フローの見積りと経営者裁量

―保険負債の測定を中心として―

上野 雄史

■アブストラクト

 本稿の目的は,将来キャッシュ・フローの見積り(公正価値測定)において,経営者の裁量を認める論理を明らかにし,その課題と改善点を明示することにある。
 既存の会計基準では将来キャッシュ・フローを評価技法により見積る場合には,経営者の裁量が一定の範囲で認められている。保険負債の測定に関する多様性,複雑性を考慮すると,一定の基準を定めつつも,専門家の裁量で柔軟な測定を行うことは現実的な選択といえる。しかし,その裁量が投資家と経営者間の情報の非対称性を生み,会計情報にバイアスをもたらすことがある。将来キャッシュ・フローによる見積りは,評価技法が確立していなければ,かえって市場を混乱させることになる。頑健なモデルが存在してこそ,将来キャッシュ・フローの見積りは有用なものとなる。保険負債の測定においても実務者間の連携を通じて,モデルの頑健性を高めるための取り組みが欠かせない。

■キーワード

 将来キャッシュ・フロー,保険負債,経営者裁量

■本 文

『保険学雑誌』第609号 2010年(平成22年)6月, pp. 81 − 98

生命保険会社の国際破たん処理制度の検討

―EU,米国の制度を踏まえて―

松澤 登

■アブストラクト

 国際展開する生命保険会社が破たんした場合,EU域内では本店所在地国にて一括して処理することとされ,また,本店所在地国のセーフティネットが補償することになっていることが多い。米国内では州法による破たん処理手続が行われ,州ごとにセーフティネットが存在するが,州際で調整することで整合的な処理が行われる。ただし,EU域内と域外,米国内と米国外にまたがった場合の破たんについてはいずれも支店単位で処理することが原則であり,国際的な処理について確立したルールはない。
 日本の現行法令の下でも外国生命保険会社等の支店処理は国内単独で行うことが原則となっている。今後は,国際的な一括処理を可能とする制度に向けて監督制度と破たん処理制度の国際的協調の進展が期待される。

■キーワード

 国際破たん,清算処理,セーフティネット

■本 文

『保険学雑誌』第609号 2010年(平成22年)6月, pp. 99 − 116

経済的な保険ではない保険法上の「保険契約」について

―不当利得が生じ得ない類型の遡及保険規整を手がかりに―

吉澤 卓哉

■アブストラクト

 本稿は,経済的には保険ではないにもかかわらず,保険法のある規整において特に「保険契約」として取り扱われる契約を取り上げ,そのことが法解釈にどのような影響を及ぼし得るかについて検討するものである。主観的に確定しているが不当利得が生じ得ない遡及保険類型を題材として検討した結果,保険法の他の諸規整が必ずしも自動的に適用される訳ではないこと,また,このような規整を発見するにあたり,当該規整が保険の経済的要件に整合的であるか否かを確認することが有用であることが確認された。

■キーワード

 遡及保険,主観的確定,保険の経済的要件

■本 文

『保険学雑誌』第609号 2010年(平成22年)6月, pp. 117 − 136