保険学雑誌 第641号 2018年(平成30年)6月

重複保険における保険者間の法律関係に関する一考察

山下 徹哉

■アブストラクト

 本稿では,重複保険の場合の保険者間の法律関係を明確化するため,保険法上の求償規定(同法20条2項)の解釈について検討する。まず,保険法の立案担当者の見解は,その解釈の実質的正当性を明示しているわけではないが,学説では,当該解釈はコスト削減の実現により正当化し得ると主張するものがある。その具体的意味は,①各保険者の負担部分を画一的な基準で定め,保険者間の法律関係を単純化する,②保険者間の求償が可能な限り生じないようにする,という2通りがあり得る。ドイツ法および米国法を参考にして考察すると,コスト削減を②のような内容で理解すれば,立案担当者の見解を実質的に正当化できることが分かる。以上の検討を前提として,重複する保険契約の一部に独立責任額按分主義または他保険優先払の約定がある場合の保険者間の法律関係について,保険法20条2項の解釈論を示す。

■キーワード

 重複保険,保険者間の求償,他保険条項

■本 文

『保険学雑誌』第641号 2018年(平成30年)6月, pp. 1 − 30

自動運転が引き起こす保険業界の変貌とその対応

―共通論題における論点の整理を中心にして―

石田 成則

■アブストラクト

 自動運転技術は,わが国の戦略的イノベーションの主柱となっている。こうした技術の社会的な便益は大きいものの,従来とは自動車の運行・走行概念が大きく異なるため,それに見合うハード面とソフト面に跨る環境の整備が必要になる。こうした環境整備が技術進展やその実用に追いつかないと,社会的な軋轢を生じ,新技術への社会受容性は高まらないことになる。
 こうした社会受容性を高めるために,自動運転に伴うリスクへの対処,事故発生時の責任と補償のあり方,そして技術だけでは対応できない問題(トランス・サイエンス問題)への解決策を検討した。
 結論として,事故発生時の補償については,従来の自動車損害賠償保障制度を活かしつつ,民間保険商品によってそれを補完すべきことを主張した。また,トランス・サイエンス問題への解決には,テクノロジーアセスメントに基づいた「コンセンサス会議」の実施により,一般市民の参画性と納得性を高めることを提起した。併せて,民間保険商品の補償内容を工夫することで技術選別を行うことの有用性を指摘した。

■キーワード

 テクノロジーアセスメント,トランス・サイエンス問題,社会受容性

■本 文

『保険学雑誌』第641号 2018年(平成30年)6月, pp. 31 − 51

自動運転が保険業界に与える影響

池田 裕輔

■アブストラクト

 わが国の社会・経済にとって,自動運転技術の進展は様々なメリットをもたらすものとして期待されている。その一方で,自動車のコントロール主体が運転者からシステムへ移行することにより,事故の際の責任関係が複雑化する可能性が指摘されている。保険はこのような状況においても,迅速かつ円滑な被害者救済を実現するとともに,自動運転技術の社会受容性を下支えする役割を担う必要がある。この点について,わが国では自動車損害賠償保障法に基づく自賠責保険制度により,対人事故における被害者救済にかかる制度が整備されており,現行の制度が維持される限りにおいて,被害者救済レベルは維持できるであろう。また,近時,任意保険においても,法的責任関係が複雑化することを見越した新たな保険が開発されており,被保険者における法律上の損害賠償責任の有無にかかわらず,被害者に生じた損害を補償することが可能となっている。このように,補償面での対応は検討されつつあるものの,一方でその後の求償については,今後の重要な検討課題である。

■キーワード

 運行供用者責任,被害者救済,求償

■本 文

『保険学雑誌』第641号 2018年(平成30年)6月, pp. 53 − 66

自動運転車事故の民事責任と保険会社等のメーカー等に対する求償権行使に係る法的諸問題

肥塚 肇雄

■アブストラクト

 近時国交省の自動運転の責任に係る研究会報告書が公表された。そこでは,保険会社等が事故被害者に人身損害に関する賠償金等の支払後,メーカー等に求償するスキームの構築が案として示され,記録媒体装置の装備等の事故原因究明体制の整備が検討課題とされている。しかし現行実務を前提にすれば,ハッキング等による事故では「運行供用者」該当性の段階でも争いが生じるおそれがあり,事故原因究明体制を敷いて民事責任を確定する方策は被害者救済が後退するおそれがある。そこで,メーカー等の製造物責任等免責制度を創設し,事故原因究明と民事責任の確定とを切り分けることによって求償関係の複雑さを回避する民間ベースの自動運転車事故に特化した新しい保険商品(自動運転傷害保険)が開発されれば,被害者(自損事故被害者=保有者も含まれる)救済は維持されるのではないかと考える。
 

■キーワード

 自動運転,事故原因究明,求償権

■本 文

『保険学雑誌』第641号 2018年(平成30年)6月, pp. 67 − 89

年金制度の合理化と生命保険による一部機能の代替

饗庭 靖之

■アブストラクト

 社会保険料の強制徴収の法的根拠について,最高裁は,国民の生活保障という社会保障の目的に沿って保険原理が修正され,「保険料は,被保険者が保険給付を受け得ることに対する反対給付として徴収される」ことにあるとする。年金の賦課方式は,下の世代が自分の年金給付のために保険料の負担をしないときは,強制徴収の根拠が喪われる。年金制度が老後に必要な生活費を賄うことを目的としていることから,年金二階部分は所得比例の給付に代えて,年金給付額は一律とすべきであり,一律給付としても給付反対給付の関係を満たす。AIJ事件で,多数の厚生年金基金が詐欺被害にあったのは,厚生年金基金は,ガバナンスが弱く,金融知識が不十分な体制で資産運用を行っていたためと考えられ,独立した小規模な年金を設ける制度は適当でなく,3階部分の企業年金を民間の年金保険に代替させていくことを検討していくべきである。

■キーワード

 年金保険料強制徴収,所得比例給付,厚生年金基金

■本 文

『保険学雑誌』第641号 2018年(平成30年)6月, pp. 117 − 142

国民年金未納についての計量分析

盛林 亮介・久保 英也

■アブストラクト

 本研究は,国民年金の未納率に影響する諸要因を計量的に計測することにより,未納率改善のための政策を再考することを目的とする。
 まず,先行研究で主な未納要因とされた「所得(年収)」,「雇用形態(正職員,非正規雇用者)」に加え,「保険料支払いの利便性(分割払)」や「遺産相続を考慮した居住条件(両親との同居の有無)」,「年金の理解度(年金教育)」 の5要素についてコンジョイント分析によりその影響度を計量化する。
 次に漠然と語られてきた「年金不信感」が支払い意欲に与える影響を計量評価すると共に,上記の未納惹起要因について「学生」と「社会人」に分けその影響度の差異分析を行った。
 その結果,①所得(年収)要素が未納率に対し最も影響が大きく,次に非正規雇用などの雇用形態が大きい。また,年金不信感はこの雇用形態の変化(非正規化)の8割程度の影響度で支払い意欲を大きく押し下げている。
 ②年金への理解を高める「年金教育」や「保険料支払いの利便性(分割払い)」も有効な政策であり,学生と社会人の間の影響度格差を勘案しつつ政策を組み立てることが重要である。

■キーワード

 未納率,コンジョイント分析,年金不信感

■本 文

『保険学雑誌』第641号 2018年(平成30年)6月, pp. 143 − 162