保険学雑誌 第639号 2017年(平成29年)12月

リスクマネジメントが企業価値へ与える影響の一考察

―完備性および非完備性下での検証―

伊藤 晴祥

■アブストラクト

 本研究では,先行研究の成果及びWang変換を利用した数値例を利用して企業がリスクマネジメントを実行することにより,企業価値が高まるかどうかについて検証を行った。その結果,リスクマネジメントを実行することにより,完備市場性下では,実確率下での期待キャッシュフローが増大する場合,資本コストが低減する場合,キャッシュフローのタイミングが変化する場合に企業価値が向上することを示した。また,非完備市場性下で取引されているデリバティブなどを利用する場合や,株主が分散投資できない場合にも,リスクマネジメントを実行することによりリスク中立確率下での期待キャッシュフローが高まることを通じて企業価値が高まることを示した。

■キーワード

 リスクマネジメント,非完備市場,企業価値

■本 文

『保険学雑誌』第639号 2017年(平成29年)12月 , pp. 1 − 35

「自由化」と保険学

―復権:小林北一郎「歴史的範疇としての保険」論―

本間 照光

■アブストラクト

 自由化によって「効率化」「利便性」が図られるとされた。料率自由化と人件費・募集関係費の削減は「効率化」とみえるが,内実は,保険事業の原理原則からの乖離,営業拠点の縮小,事業の担い手の削減と不安定化である。金融同質化で保険産業の社会的責任である保障機能が劣化するとともに,保険とは何かへのこだわり,拠りどころとなる保険学もまた稀薄化し存続の危機を迎えている。伝統的保険学である保険本質論は,非歴史的,非社会的,非科学的な保険技術論であった。諸学もこれを踏襲し独自の視点をもたないできた。自由化がもたらした社会問題としての保険問題に対処するためにも,諸学の課題として人類史・社会経済史に保険を位置づけることが求められている。「歴史的範疇としての保険」論の復権,「社会の協同業務」としての保険(本質)と歴史的形態(疎外形態)への視座である。

■キーワード

 効率化,保険本質論,「歴史的範疇としての保険」論

■本 文

『保険学雑誌』第639号 2017年(平成29年)12月 , pp. 37 − 61

損害保険事業における自由化の進展と現在の課題

栗山 泰史

■アブストラクト

 1996年の保険業法改正による保険自由化から20年が経過した。損害保険事業においては,金融システム改革法を含む一連の保険業法改正,これに多大な影響を与えた日米保険協議,独占禁止法適用強化の象徴となった機械保険連盟事件等を経て,事業の内容に大きな変化が生じることになった。
 保険自由化の結果,損害保険業界では商品を巡る競争が激化し,ローコストオペレーションの進展と相まって,大規模な統合・再編の動きが生じ,現在は3メガ損保にまで至っている。また,負の側面として保険金支払い漏れ事件が生じ,これは後の保険募集制度改革に繋がることになった。
 そして現在,損害保険業界は自由化によって生じた様々な変化に加え,ERM経営や国際的な保険監督の枠組み等,新たな課題に直面している。

■キーワード

 保険業法改正,日米保険協議,独占禁止法の適用強化

■本 文

『保険学雑誌』第639号 2017年(平成29年)12月 , pp. 63 − 83

規制緩和と生命保険マーケティングのイノベーション

金 瑢

■アブストラクト

 本稿の目的は,1990年代半ば以降の規制緩和により生命保険マーケティングにどのようなイノベーションが起きたのかについて考察することである。そこでまず,保険自由化20年を通して生命保険市場にどのような変化が生じたのかを,累積集中度とハーフィンダール・ハーシュマン指数を用いて分析し,生命保険市場が競争的になりつつあることを明らかにした。次に,規制緩和が生命保険マーケティングに及ぼした影響を以下の3つの視点から考察した。①大手生保では従来販売チャネルの拡大による契約高増加を図る契約高拡大至上主義のマーケティングが展開されたが,バブル崩壊後限界が生じ,顧客と長期にわたる関係性を構築・維持・強化する関係性マーケティングが展開されるようになった。そのための取組みとして,顧客囲い込み戦略である契約者単位の割引制度の導入,利便性・自在性を高めたアカウント型商品の開発,営業職員の給与体系の見直しなどがあった。②1990年代までは営業職員一辺倒であった販売チャネルが,営業職員,代理店,銀行窓販,通信・ネット販売と多様化が進んだ。③生保会社間で予定利率や予定事業費率の設定及び配当水準に相違が顕在化し,マーケティング競争手段としての価格戦略が重要度を増した。

■キーワード

 関係性マーケティング,販売チャネルの多様化,保険料率戦略

■本 文

『保険学雑誌』第639号 2017年(平成29年)12月 , pp. 85 − 105

保険業法上の規制緩和

―2006年からの10年間―

上原 純

■アブストラクト

 本稿は,保険自由化から10年経過した後の「2006年からの10年間」における保険業法上の規制緩和について概説することを目的とする。まず,本論に入る前の導入として,保険自由化後10年間(1996年〜2005年)の保険業法上の規制緩和の概要を簡単に振り返ったうえで,2006年からの10年間の動きを,「(1)保険グループ規制」,「(2) 相互会社規制」,「(3) 保険商品規制」,「(4) 保険募集規制」,「(5) 資産運用規制」に類別したうえで概説する。これを通じ,保険自由化後10年間の規制緩和の進展と比べると,2006年からの10年間の規制緩和の進展は,総論として見れば,小規模に止まる内容と評価される一方,各論として見ていく中では,保険グループ規制のように,金融審議会等での数次の議論・検討を重ね,小幅ながらも,毎年のように規制緩和が進展した分野もあり,また,銀行による保険募集の全面解禁とその後の見直しのように,マーケットに相応のインパクトを与える規制緩和の進展もあったということを述べる。

■キーワード

 保険業法,規制緩和,保険自由化

■本 文

『保険学雑誌』第639号 2017年(平成29年)12月 , pp. 107 − 125

自由化20年・グローバル展開を図るわが国損害保険会社

―大型M&Aの光と影―

鈴木 智弘

■アブストラクト

 保険自由化から20年が経過し,2001年の「第一次再編」によって,14社あった上場会社が8社に集約され,さらなる合併・統合を推し進めた結果,現在では,3メガ損保グループに集約された。その結果,保険料収入の約90%が3メガ損保グループに集中し,リスク管理の観点から,保険契約を自然災害の多い日本国内だけでなく国際分散させる重要性が認識されている。再編の時代となった自由化10年を過ぎ,少子高齢化,人口減少社会が顕在化し,国内市場の伸びが期待できないため,成長の見込める海外市場に事業拡大の舵を切ることが,3メガ損保グループの経営戦略上,重要になってきた。
 2014年以降,3メガ損保グループは,先進国市場で大型買収を通じた海外事業展開を活発化し,同質的な海外戦略を採用している。国内事業で蓄積した競争優位とM&Aで獲得した海外事業をどのように結合させるかが問われると共に,高騰している買収価格は,巨額の「のれん」計上と,その償却によって各社のBS,PLに長期的な影響を与える。収益を獲得するためのM&Aが,のれんの償却によって利益を圧迫する危険を生じさせるのである。

■キーワード

 M&A,シナジー,のれん

■本 文

『保険学雑誌』第639号 2017年(平成29年)12月 , pp. 127 − 149

保険自由化20年と損保業界活動の変遷

―その本質と課題―

竹井 直樹

■アブストラクト

 保険自由化から20年あまりを経過したところで「日本損害保険協会百年史」が刊行された。この編纂に携わった者として自分なりにこの20年あまりを振り返る。
 保険自由化から10年で保険金不払い問題が発生しその善後策処理で5年ほどを費やした。今振り返るとその前の10年と後の10年では業界活動に大きな変化があった。換言すれば,保険自由化による各社各様の競争を前提にしたやや限定的な業界活動から,損保協会が主体となった自由化時代の協調を前提にした業界活動に変革した。特に,保険募集人教育,苦情・紛争対応,消費者啓発活動,そして共通化・標準化の推進は,監督行政の変化もあって進化していった。
 しかし,こうした変化は本質的な部分で生じたのであろうか。保険募集人教育をあらためて損保協会が担うようになったこと,あるいは最近,金融庁が掲げる「顧客本位の業務運営に関する原則」を踏まえると,損保業界は日々の競争に翻弄されて,業界が抱える根本課題についての本質的な論議を置き去りにしてきたのではないか。そうであるとすれば,もう一度損害保険ビジネスの基軸を見据えて今日の技術革新が著しい環境下において業界として英知を集めてやらなければならないことは何かを真剣に議論すべきである。

■キーワード

 損保協会百年史,保険自由化20年,共通化・標準化

■本 文

『保険学雑誌』第639号 2017年(平成29年)12月 , pp. 151 − 175

標準責任準備金の20年

―計算方法と計算基礎率の保守性について―

河本 淳孝

■アブストラクト

 標準責任準備金制度が導入されて20年が経過した。自由化・規制緩和に伴うリスク増大に対応するために導入されたこの制度は,生命保険会社の負債にどのような影響を及ぼしたか。この点について,主に計算基礎率の保守性という視点から検証するのが本稿の趣旨である。検証の結果,制度導入による前進点として,保険料計算基礎率と保険料積立金計算基礎率の分離,平準純保険料式の保守性の数量的把握と開示,予定利率の保守的補整の制度化等が挙げられることを確認した。また,これまでに主張されてこなかった論点として,予定死亡率の保守性と予定利率の反保守性の相殺構造の解明と数量的把握の必要性等を提示した。なお,経済価値ベースの負債評価を制度化した場合,現行制度の弱点を補うことが期待されるものの,保険会社の過度のリスク回避を惹起する懸念等が存在することを併せて確認した。

■キーワード

 標準責任準備金,計算基礎率,保険自由化

■本 文

『保険学雑誌』第639号 2017年(平成29年)12月 , pp. 177 − 201