保険学雑誌 第634号 2016年(平成28年)9月

保険法2条1号の「保険契約」に関する一考察

―共済理論研究を踏まえて―

堀井 拓也

■アブストラクト

 本稿は,保険法2条1号の「保険契約」の意義を再検討するものである。結論として,保険法学説の通説的理解と同様に,保険料と保険給付の間に給付反対給付均等原則と収支相等原則が成り立つことが保険法2条1号の「保険契約」の「要素」であると理解する。しかし,従来の議論のように保険制度の存在を「暗黙のうちに前提」とすること,あるいは保険法2条1号には「書かれざる要件」があることを根拠とするものではない。保険法の条文構造上,ある取引が適用対象となるか問題となるときには,まず保険法2条にいう「保険」の仕組みをとっているかを検討すべきである。また,保険法は共済契約を適用対象としたことから,共済の本質を歴史的・社会的に捉える立場の議論を踏まえて,「保険契約」を再検討した。伝統的な保険法学の論理に基づく保険法のもと,共済の本質とされるその歴史的・社会的な性格は「保険契約」の解釈に影響を与えるものではない。

■キーワード

 保険契約,保険の仕組み,共済の本質

■本 文

『保険学雑誌』第634号 2016年(平成28年)9月 , pp. 1 − 22

因果関係に関する一考察

勝野 真人

■アブストラクト

 本稿は未だに議論が錯綜している保険契約法学における因果関係について考察を加えることを目的とする。
 保険契約法学における因果関係についての学説である相当因果関係説と近因説は本質的に対立しているとすらいえず,具体的な事実の下で因果関係の有無について判断を行う前提として,必ずどちらの見解を採用するかを決定しなければならないわけではないと考える。
 保険金は保険契約に基づき支払われるものであり,ある場面において保険金が支払われるか否かは保険契約の内容によって決定される。そうすると,因果関係の有無を判断するに際しても,保険契約の内容ひいては契約当事者の意思が考慮されなければならない。もっとも,保険者側において適切な限定を付すことができていなければ,極めて偶然的な因果経過を辿ったときを除いて,因果関係が肯定されることになると考えられる。

■キーワード

 相当因果関係説,近因説,契約当事者の意思解釈

■本 文

『保険学雑誌』第634号 2016年(平成28年)9月 , pp. 23 − 45

責任開始期前発病不担保条項の改定とその課題

長谷川 仁彦

■アブストラクト

 生命保険約款における責任開始期前発病不担保条項は,契約締結後に危険選択を行って,告知義務制度によっては果たせない危険の選択を補完する制度であると説明されてきた。その結果,責任開始期以降に高度障害状態に該当したとき,仮に,保険者が保険契約者側からの告知等により高度障害状態となる原因を知っていたとしても,それは責任開始期前発病として支払要件を満たされないとされてきた。
 多くの保険者は,保険法に合わせ保険約款を改定する際に,責任開始期前発病不担保条項を告知義務と関連して改定した。告知等によって保険会社が知っている事実を原因として高度障害状態となったときは,責任開始期以降の発病と擬制する旨の規定が設けられた。このような不担保条項の改定の結果,責任開始期前発病の事実が告知書の非質問事項であるときは,すべて責任開始期前発病不担保とされることになる。しかし,公平性の観点から傷害疾病保険と生命保険とでは危険の発生原因が異なるので,傷害疾病保険についての告知書の質問事項を改定する必要があり,これにより無用な紛争を未然に防止し,訴訟等も回避することができる。

■キーワード

 責任開始期前発病不担保条項,傷害疾病保険,告知事項

■本 文

『保険学雑誌』第634号 2016年(平成28年)9月 , pp. 47 − 62

保険法施行後の告知をめぐる諸問題

―告知妨害を中心に―

磯野 直文

■アブストラクト

 生命保険加入時,被保険者が健康状態を告知する際に告知義務違反があると,保険者に解除権が発生し保険金が支払われないことになる。しかしながら,生命保険募集人が保険契約前の病歴などを告知しないよう勧めるといった告知妨害があり,このような告知妨害があった場合,保険法では保険者は解除権を行使することができないと規定されている。
 保険法施行後に告知妨害等が問題となった事例は見当たらないが,相変わらず告知妨害による保険金等支払時の苦情があり,依然として告知をめぐる問題は改善されていない。
 本稿では,生命保険協会が実施した相談所リポートから告知をめぐる苦情・裁定例等を確認し,告知妨害が問題となった裁判例について考察を試みた。

■キーワード

 告知義務違反,告知妨害,不告知教唆,解除権阻却事由

■本 文

『保険学雑誌』第634号 2016年(平成28年)9月 , pp. 63 − 86

わが国における権利保護保険の機能と課題

内藤 和美

■アブストラクト

 わが国の権利保護保険制度は,紛争当事者となった被保険者が,その紛争解決のために必要となる訴訟費用や弁護士費用等の負担によるリスク(費用リスク)を負担する機能(費用リスク負担機能),および,弁護士会と協定保険会社等が協働で運営するシステムを通じて弁護士紹介を行う機能(法的サービス・アクセス機能)を有する点に大きな特徴がある。権利保護保険の費用リスク負担機能は,責任保険の防御給付機能を補完する役割はもとより,被保険者の権利保護の領域を一層拡充するものであり,この点において,権利保護保険の名称の由来ともなったドイツの権利保護保険から多くの示唆を得ることができる。一方,法的サービス・アクセス機能は,主に中小企業のリスク管理の観点から,紛争解決にかかる費用を軽減する費用リスク・コントロール手段となることが期待される。

■キーワード

 権利保護保険,費用リスク,法的サービス・アクセス

■本 文

『保険学雑誌』第634号 2016年(平成28年)9月 , pp. 87 − 110

安全割増の価格決定原理 金融と保険の価格決定原理の異同

河本 淳孝

■アブストラクト

 保険料の安全割増の算定について,肝心なところは経験と勘に頼っている,金融の価格決定原理のような理論的な裏付けが十分には備わっていない,という批判がある。このような批判が妥当なものか否かを検証したところ,現下の安全割増の決め方には数学的な裏付けは備わっているものの,経済学的な裏付けが十分に備わっているとは言い難いことを確認した。等価を原理とする安全割増の価格決定に経済学的な裏付けとして効用原理を取り入れる意味や課題については議論を深める余地がある。また,金融の価格決定原理を用いた保険プライシングでは保険実務での使用に耐える安全割増算定は困難であることを確認した。算定が困難である根本原因は,金融の価格決定が支払余力・支払能力形成や破綻回避に重大な関心を払わないことにある。保険の価格決定はそれらに重大な関心を払うのであるが,支払余力・支払能力形成の目標や消滅時配当の方針に適合した安全割増を算定する原理や手法は確立しておらず研究開発はこれからといったところである。

■キーワード

 価格決定原理,安全割増,効用原理

■本 文

『保険学雑誌』第634号 2016年(平成28年)9月 , pp. 111 − 136

セーフティネットとしての農業保険制度

―アメリカ・カナダの農業経営安定対策の事例研究―

吉井 邦恒

■アブストラクト

 わが国において,農業者のためのセーフティネットとして,農業経営全体に着目し価格低下を含めた収入減少を補てんする農業収入保険制度の導入に向けての検討が行われている。本稿では,同制度の核心部分である「経営単位」という視点に留意しつつ,アメリカ及びカナダの農業経営安定対策における農業保険制度の位置づけについて整理・分析した。
 アメリカでは,農業保険と作物別のプログラムを組み合わせることによって農業経営の安定化が図られている。また,経営単位の収入保険WFRPは,これまで農業保険による補てんが必ずしも十分ではなかった果樹・野菜生産者等を主たる対象として実施されている。カナダにおいては,作物別の農業保険により第一次的にキャッシュフローを確保し,所得の大幅な減少に対しては経営単位の農業所得安定制度が最終的に機能するように仕組まれている。このように,アメリカ及びカナダでは,農業保険をベースにいくつかのプログラムを組み合わせることによって,セーフティネットとしての農業経営安 定対策が構築されている。

■キーワード

 農業保険制度,セーフティネット,農業収入保険

■本 文

『保険学雑誌』第634号 2016年(平成28年)9月 , pp. 137 − 157