保険学雑誌 第629号 2015年(平成27年)6月

金融危機後の保険・監督規制

―背景事情と考え方を中心に―

溝渕 彰

■アブストラクト

 近年,発生したサブプライムローンに端を発する金融危機の反省を踏まえて,システミックリスクの概念がより明確にされた。すなわち,システミックリスクとは,プロシクリカリティを悪化させるような金融機関の集合的な行動から生じる内生的なリスクと金融の安定や実体経済に脅威となる可能性がある金融機関や金融セクターが相互に依存し合うことによって発生する可能性のあるリスクから構成されるリスクのことをいう。このうち,前者のリスクをアグリゲート・リスク(Aggregate Risk)といい,後者のリスクをネットワーク・リスクという。アグリゲート・リスクに対処する手段としては,金融機関に一律に課され,景気動向に合わせて変動する追加的な資本規制が有用であると考えられている。他方,ネットワーク・リスクに対処する手段としては,特定の金融機関に対して課される加重的な資本規制が有用であると考えられている。ただ,このような資本規制が資源配分の効率性という観点から見て有用なものであるかどうかは,今後,実証的に検討する必要がある。

■キーワード

 システミックリスク,アグリゲート・リスク(Aggregate Risk),ネットワーク・リスク

■本 文

『保険学雑誌』第629号 2015年(平成27年)6月, pp. 5 − 16

IAISにおけるG-SIIsの検討状況と本邦保険業界に与える影響

浅見 俊雄

■アブストラクト

 2008年9月に発生した世界的な金融危機を契機として,G20および金融安定理事会(FSB)は,「システム上重要なグローバルな金融機関(G-SIFIs)」を特定し,G-SIFIsが経営危機に陥った場合に金融市場の混乱や公的資金による救済・破綻処理を防ぐための新たな規制を検討している。同様に,保険セクターについては,IAISが「システム上重要なグローバルな保険会社(G-SIIs)」の選定基準と適用規制の策定を行っている。
 2013年7月にFSBはIAISの基準にもとづき,G-SIIs9社を発表した。この9社に本邦保険会社は含まれていないため,G-SIIsに対して適用される規制は本邦保険会社には課されない。しかし,銀行においてはG-SIFIsの認定後,国内で「システム上重要な銀行(D-SIBs)」の認定作業が行われている。保険も銀行同様に国内で「システム上重要な保険会社(D-SIIs)」を認定し,G-SIIsと類似の規制が国内規制として本邦保険会社に課される可能性があることから,G-SIIsに対する適用規制を今後も注視する必要がある。

■キーワード

 IAIS,G-SIFIs,G-SIIs

■本 文

『保険学雑誌』第629号 2015年(平成27年)6月, pp. 17 − 30

金融規制と企業会計の調和化が保険業に与える影響

上野 雄史

■アブストラクト

 本論文では,国際的な枠組みの中で金融規制と企業会計の両面で進む保険負債に対する経済価値ベースによる測定が,保険業に与える影響とその課題を明らかにする。本論文は,保険業全体において経済価値ベースによる測定が,機能しうるかどうかという点に着目している。国際的な潮流は金融規制の柱の一つに市場規律を掲げ,それを機能させるために企業会計の情報が利用されることが想定されている。しかし,経済価値ベースによる保険負債の測定要素の多くは,諸仮定や社内のみで利用されるデータが利用される。情報利用者がフィードバック可能な情報でなければ市場規律が機能せず,結果として企業の利益操作が生じることが懸念される。

■キーワード

 金融規制,企業会計,経済価値ベース

■本 文

『保険学雑誌』第629号 2015年(平成27年)6月, pp. 31 − 46

保険業規制の国際協調のあり方に関する考察

―保険のリスク移転と金融仲介機能に焦点をあてて―

諏澤 吉彦

■アブストラクト

 本稿は,保険事業が国際化するなか,そのリスク移転と金融仲介機能が確保され,持続的国際経済・社会に資するために必要な保険業規制の国際協調のあり方を探ることを目的とする。従来の保険規制は,保険企業の支払能力,保険料率・商品内容,被保険エクスポージャのリスク実態に関する情報の不完全性を緩和するために個々の市場で行われてきた。しかし保険企業によるリスク移転取引が国際化しつつある現状からは,支払能力に関する情報不完全性は一層深刻となり,保険の諸機能を損ないかねない。このため,ソルベンシー規制,セーフティネット,会計基準,破綻処理規制などの健全性規制に関しては,一定の共通化が必要であろう。一方で,保険料率・商品規制および販売規制などの市場行動規制について,個々の市場の歴史的・社会的背景や経済成長段階の違いを軽視した共通化は,かえって保険のリスク移転機能を損ないかねず,一定の個別性は許容されるべきである。

■キーワード

 保険業規制,健全性規制,市場行動規制

■本 文

『保険学雑誌』第629号 2015年(平成27年)6月, pp. 47 − 63

退職給付制度の現代的特質と持続可能性

―企業年金を中心に―

江淵 剛

■アブストラクト

 企業がその従業員に提供するリタイア後の老後所得保障を企図した退職給付制度及びその代表制度たる企業年金は,転換期を迎えている。
 近年,個人別勘定ベースの企業年金(キャッシュバランスプラン,確定拠出年金)の広まりが確認できる。資産積立を通じての「貯蓄」としての性格が強い当該制度を実施する意義として,年金資産の外部積立(退職給付制度におけるリスク分散),企業年金組成によるスケールメリットを通じた制度運営コストの低廉化,加入者(従業員)への教育機会の提供と金融市場の変動性が高まるなかでのオプション性を内包する確定給付型の企業年金としての価値の高まり,が挙げられる。
 他方,今後の課題として,年金の給付設計における有期化がもたらす長寿リスクの加入者への転嫁,困難性を増す年金資産運用,制度に対する加入者の理解・関心の底上げ,を指摘したい。

■キーワード

 退職給付制度,企業年金,個人別勘定(アカウント)

■本 文

『保険学雑誌』第629号 2015年(平成27年)6月, pp. 89 − 107

わが国損害保険会社の国際化

―新たな成長とリスク管理の観点から―

鈴木 智弘

■アブストラクト

 1980年代頃までは,海外進出した日系企業の現地リスクを引き受けることが主目的であったわが国の損害保険会社の海外事業が新たな段階を迎えている。金融ビックバンを経て,2000年代以降は,国内市場の伸び悩みが顕著になり,経営戦略上,新市場を獲得するために本格的に現地ローカル市場を獲得することと,保険契約を自然災害の多い日本国内だけでなく国際分散させる重要性が認識されている。
 戦略的同質性が高いと言われている金融業界だが,大手3損保グループの海外事業には差異がある。各社とも大型M & Aを活用しているが,海外事業の比率が高まれば,日本中心であった経営戦略や企業のあり方の見直しが必要になる。国内事業で蓄積した競争優位とM & Aで獲得した海外事業をどのように有機的に結合させるかが問われている。

■キーワード

 攻めと守りの戦略,損保の国際化,M & A

■本 文

『保険学雑誌』第629号 2015年(平成27年)6月, pp. 109 − 129

損保3大ホールディングスのエコノミック・キャピタル

―資本規制の国際動向と財務的観点によるアプローチ―

岩瀬 泰弘

■アブストラクト

 損保3大ホールディングスを財務的観点から分析した。収益性についてはEVAを用い,流動性(健全性)についてはECMを利用した。各ホールディングスは,統合効果,Leverage Index,投資戦略,EVAの各要素(NOPAT,有利子負債コスト,自己資本コスト)に差異が見られるものの,総じて言えば自己資本が不足している,あるいはエコノミック・キャピタルが高いことが考えられる。これは経営指標としてROEを使っているからである。資本を取り巻く国際環境(IFSR,バーゼル規制改革)が変化する中,ホールディングス形態は経営統合・機能別再編が容易になる一方,資本の有効活用が今まで以上に求められる。損害保険会社は,例えば純利益から自己資本コストを控除したEVAをECMに応用するなど,新たな経営指標をバリュードライバーとして導入し,収益性と流動性(健全性)を維持・向上させる必要がある。

■キーワード

 エコノミック・キャピタル,EVA(経済的付加価値),損保三大ホールディングス

■本 文

『保険学雑誌』第629号 2015年(平成27年)6月, pp. 131 − 151

弁護士費用等補償特約の検討

大井 暁

■アブストラクト

 弁護士費用等補償特約による費用保険金の算定基準は,約款により明確化することが望ましいが,約款規定がない場合であっても,保険者は弁護士委任契約における報酬合意を無条件に同意する義務はなく,係争物の価格,事件の難易等諸般の事情を考慮して,適正妥当な費用を判断できる。報酬自由化後も同様である。
 また,被保険者が賠償義務者から支払を受けた弁護士費用と弁護士費用等補償特約による保険給付の合計額が弁護士委任契約により支払った弁護士報酬を超えるときは,超える部分につき保険金請求権は生じない。

■キーワード

 弁護士費用等補償特約,費用保険,報酬自由化

■本 文

『保険学雑誌』第629号 2015年(平成27年)6月, pp. 153 − 173

重大事由解除と反社会的勢力の排除について

天野 康弘

■アブストラクト

 暴力団排除条項導入前の既存保険契約につき,暴力団員といった属性のみで解除できるのかについて理論上及び実務上の留意点を検討した。価値判断及び理論上も属性状況のみで解除ができるが,実務上は,反社会的勢力に属することが明確にできない場合については行為状況も総合考慮すべきである。
 次に,表明確約取得につき,従前の議論で指摘された保険契約法理との問題点を検討した。実務のもとで,約款の裁判規範性に影響を与えることはないが,表示の強化自体は実務的視点から歓迎すべきものである。
 最後に,反社会的勢力排除につき錯誤無効認定のメルクマールと抗争状態下の私闘免責規定適用可否の検討を行った。前者は他の民事契約裁判例を保険契約法理に引き直す必要があり,後者は,抗争という一連の行為を全体的に観察して適用の可否を決すべきである。

■キーワード

 重大事由解除,反社会的勢力排除,暴力団排除条項

■本 文

『保険学雑誌』第629号 2015年(平成27年)6月, pp. 175 − 191

保険会社の業務の外部委託について

―現行規制の問題点とその見直しの必要性―

浅井 弘章

■アブストラクト

 平成15年12月に導入された保険会社の外部委託管理に係る規制は,その後,順次,規制内容の追加・強化が行われ,現在,その規制内容は,「事務の外部委託」を含め,8項目にわたっている。
 こうした規制内容の追加・強化により保険会社の外部委託管理の高度化が実現しているが,累次の規制の追加により外部委託管理規制が複雑化し一覧性に欠けていること,8項目の規制内容相互のバランスに欠ける点がみられること,過剰規制の疑いのある点もみられるなど,現行の外部委託管理規制にはいくつかの問題点があるように思われる。
 規制導入から約10年が経過した現在,複雑・過剰となった規制の整理・緩和などが必要であると考えられるほか,外部委託先の多様化等社会情勢等の変化を踏まえ,外部委託管理規制の在り方についての議論や研究を蓄積し,これらを踏まえた規制の在り方の見直しが必要であると考える。

■キーワード

 外部委託,保険業法,規制緩和

■本 文

『保険学雑誌』第629号 2015年(平成27年)6月, pp. 193 − 206

第14回AIDA ローマ大会に出席して

羽原 敬二

■アブストラクト

 本稿は,2014年9月28日から10月3日までイタリアのローマで開催された第14回AIDA(国際保険法学会)世界大会(World Congress)について,研究報告の内容と理事会の状況を報告するものである。
 今回の統一テーマである「保険法における世界的な動向」の下に,主たる課題としては,保険の透明性,保険と仲裁,損害防止義務,オンライン保険,および保険における差別が,取り上げられ,討議された。その他,作業部会のほぼすべてにわたって報告が行われた。
 今回は特にこれからの取組みとして,アジア太平洋地域でのAIDAの活動(AIDA Asia Pacific Session)について,話し合いの機会が持たれた。

■キーワード

 AIDA,国際保険法学会,ローマ大会

■本 文

『保険学雑誌』第629号 2015年(平成27年)6月, pp. 207 − 224