保険学雑誌 第626号 2014年(平成26年)9月

損害てん補にかかわる諸法則といわゆる利得禁止原則との関係

―ドイツにおける利得禁止原則否定後の評価済保険規整,重複保険規整,請求権代位規整の議論を手掛かりとして―

土岐 孝宏

■アブストラクト

 損害保険に関する商法・保険法の個別規定から,不文の強行法としての利得禁止原則が推論されるというのが,わが国における通説の理解であり,これまで,その推論根拠とされる個別規定の解釈論は,当該原則の支配・影響を受ける形において行われてきた。しかし,保険法の諸規定を客観的に考察する場合,そこに,保険給付に関して何らかの禁止を命じ,その違反に対して無効という法的効果を用意している<個別>規定(=強行規定)は存在しないのであって,その状況下,強行法規という性質の<一般的>法命題を<全体>推論することは,説得的でない。法規範,とりわけ,強行法規という性質の法規範たる利得禁止原則は存在しない。損害保険において,損害のみがてん補されるのは(それを裏側から見て利得がないと表現するにしてもそれは),契約当事者がその結果を欲したからにほかならず,当事者意思による必然ないし当然を,公益的当為による命令の成果と評価すべきでない。そして,個別規定の解釈論も,「利得禁止原則」なる架空の法規範を離れて,再構成していくことが求められる。

■キーワード

 利得禁止原則,損害てん補原則,ドイツ法

■本 文

『保険学雑誌』第626号 2014年(平成26年)9月, pp. 1 − 30

個人年金保険の市場規律に関する一考察

―相関関係の分析―

徳常 泰之

■アブストラクト

 護送船団行政の時代では,競争制限的な規制が行われていたため,保険会社の破綻について,保険契約者は考慮する必要がなかった。保険業法改正以降,規制緩和が進展したが,一方で逆ざやの問題や保険会社の破綻により契約者が不利益を被る問題が発生した。保険契約者にとって,保険会社を選択することの重要性が増加している。
 本稿では,保険会社の財務状態に関する指標(ソルベンシーマージン比率,格付情報)が変化することで,個人年金保険の契約に関する指標(保有契約数,新規契約数,解約率など)がどのように変化するのかという点について,「保険会社の財務状態に関する指標が良化すれば,保有契約数,新規契約数が増加し,解約率が低下する。他方,財務状態に関する指標が悪化すれば,保有契約数,新規契約数が減少し,解約率が上昇する」という仮説を立て,変数間の相関関係の分析を行うことで市場規律が存在する可能性について検証を行い,市場規律が存在する可能性が確認された。

■キーワード

 個人年金保険市場,市場規律,相関分析

■本 文

『保険学雑誌』第626号 2014年(平成26年)9月, pp. 31 − 50

金融機関の新たな破綻処理制度と保険会社の課題

松澤 登

■アブストラクト

 預金保険法が2013年に改正され,「金融機関の秩序ある処理の枠組み」が導入された。この枠組みは,経営危機に陥ったシステム上重要な金融機関に対し,市場型システミックリスクを有する取引を継続させつつ,株主や債権者の負担で損失を処理する(ベイルイン)という措置を定めたものであり,保険会社も制度の対象にされている。しかし,保険会社が引き受けるリスクは相互に連動しないため保険事業はシステム上重要とは考えにくく,この枠組みが適用される可能性は高くない。仮に適用される場合にも,典型的にシステミックリスクを有するデリバティブ取引を特定承継金融取引業者に承継させられる制度になってないこと,保険契約者保護機構が管財人となることが利益相反となりかねないこと及び衡平資金援助により保険契約が全額保証されベイルインとはならない懸念があることといった課題があり,創造的対応が必要となる。

■キーワード

 市場型システミックリスク,預金保険法,保険契約者保護機構

■本 文

『保険学雑誌』第626号 2014年(平成26年)9月, pp. 51 − 69

債務免責者問題の解決策としての責任保険の効果

―保険の経済学的分析を通じて―

桑名 謹三

■アブストラクト

 不法行為特別法を定めるとともに,その責任をカバーする責任保険を強制付保化する政策が国内外で実施されている。自賠責保険や原子力保険の強制付保化政策がその政策に該当する。債務免責者問題とは,不法行為における加害者が資力不足のときは,その防災活動が低調になり,結果として社会的損失が生じることである。海外における責任保険の強制付保化政策は被害者救済策という意味合いに加えて,そのような債務免責者問題の解決策として位置づけられている。本論では,責任保険の強制付保化政策が,債務免責者問題の解決策として有効に機能しうる条件について,先行研究の知見を整理するとともに,先行研究では無視されていた,付加保険料の効果をも分析する。その結果,保険料が保険契約者のリスクを適切に反映する場合には,責任保険は債務免責者問題の解決策として有効に機能することが分かった。

■キーワード

 債務免責者問題,責任保険,強制付保

■本 文

『保険学雑誌』第626号 2014年(平成26年)9月, pp. 71 − 91

韓国における保険関連法の制定・改正状況と今後の課題

金善政、李芝姸・訳

■アブストラクト

 朴槿恵(パク・クネ)政権になって以来,韓国の保険会社は大変厳しい法環境に置かれている。特に,金融機関に対する社会的責任や倫理経営への要求,憲法第119条第1項の下でいわゆる「経済民主主義」を追求する強力な社会的要求などによって,保険事業に関連する複数の法律の制定・改正が同時に行われた。伝統的に保険産業は規制産業ではあるが,最近の法律の制定や改正の流れは,保険会社に強い社会的責任や実務的な負担を強いる内容が多く含まれている。法律の制定や改正が押し寄せてくるこのような状況を保険会社がどう乗り越えていくのか今後とも注目していく必要がある。

■キーワード

 韓国商法(保険編),経済民主化,規制・監督強化

■本 文

『保険学雑誌』第626号 2014年(平成26年)9月, pp. 93 − 106

告知義務違反における故意又は重過失に関する裁判例の分析と検討

永松 裕幹

■アブストラクト

 告知義務違反における重要な事実の不告知についての故意又は重過失の認定に際しては,故意又は重過失の意義をどのように解し,いかなる要素が評価根拠事実又は評価障害事実となるかが問題となることから,裁判例を類型的に分析し,故意又は重過失を導く要素につき検討することが本論文の目的である。
 重過失の意義について明示した裁判例は少ないが,保険法の制定過程に鑑みれば,重過失を「ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如の状態」と解することになりそうである。裁判例における重過失の認定に際しては,被保険者の現症・既往症の重大性及び自覚症状,医師からの説明及び健康診断の結果通知の内容並びに医師の診察・治療・投薬等及び健康診断の結果通知等の時点から告知時までの時間的近接性が基本的な要素となっている。
 また,保険者は,告知義務制度の意義や告知事項の重要性を告知義務者に十分に説明し,質問内容が分かりやすいものとなっているかに配慮すべきである。

■キーワード

 告知義務違反,告知事項,故意・重大な過失

■本 文

『保険学雑誌』第626号 2014年(平成26年)9月, pp. 107 − 126

未成年者を被保険者とする生命保険契約についての一考察

菊池 直人

■アブストラクト

 日本では,未成年者を被保険者とする死亡保険契約について,保険法上特段の規定はなく,道徳危険については,保険者の自主規制や金融庁の監督によって対応がなされている。すなわち,保険金額の相当性および適切な引受・支払基準の構築,その遵守など,運用上の問題に収束したといえる。一方,諸外国に目を向けると,未成年者を被保険者とする死亡保険契約については,立法上制限を設ける例が多数みられる。多くの場合,意思能力の有無を判断材料とし,保険契約を禁止したり,保険金額を制限したりしている。これは,被保険者の同意とは,当該保険について了承する意思表示であるとともに,道徳危険を伴う保険についての自己決定であるとして,未成年者といえども代理による同意を実質的に認めない。
 我が国の未成年者の生命保険契約は,過去の事例からも道徳危険性は少ないとされてもいるが,意思能力の有無に基づく保険契約上の規制が必要であると思われる。

■キーワード

 他人の生命の保険契約,被保険者同意,未成年者の生命保険契約

■本 文

『保険学雑誌』第626号 2014年(平成26年)9月, pp. 127 − 144