保険学雑誌 第623号 2013年(平成25年)12月

法律分野における保険教育

―保険法講義の隆盛―

今井 薫

■アブストラクト

 大学における保険法講義は,かつて商法学のマイナー領域であった。しかし,家計保険の普及は,訴訟事件の頻発もあって社会や学生の保険への関心を喚起した。保険をめぐる紛争は,新しい商品が開発される都度増加し,その解決策として新たな法理論が求められ,取引法の一分野として,法律行為論,契約法理など民法の基礎的知識の上に新たな一石を積み上げてきている。
 他方で,保険法は,たしかに学生の注目をひく人気科目に成長したのだが,あまり訴訟が頻発することは,保険産業に対する社会的信頼を損ないかねない。商品設計自体の問題や販売チャネルの多様化・陳腐化が,その傾向を招いている側面もある。この分野を専門とする保険学ととともに,地道に問題提起していかねばならないと考えている。

■キーワード

 保険法教育,学生の保険への関心,保険法ドグマの普遍化

■本 文

『保険学雑誌』第623号 2013年(平成25年)12月 , pp. 3 − 22

大学院教育における保険・リスクマネジメント教育の体系化と組織的活用

―欧米の大学院教育の経験を踏まえて―

米山 高生

■アブストラクト

 わが国の保険学には,過去に多くの優れた教科書が誕生している。1990年代以降の金融実務の大きな変化の中で,保険の分野においても変化への対応が必要とされるようになった。Harrington and Niehaus[1999]は,この変化に対応した最初の教科書であった。20世紀に入ると,欧米のいくつかの主要なテキストが翻訳刊行され,教育の現場で利用しやすくなってきた。このうちドハーティ[2012]は,教科書として直接利用するのが難しいため,指導用マニュアルや教材の作成の完成が待たれる。これらの教科書がMBAをはじめとする大学院教育に果たす役割はもちろんのこと,学部教育でも保険教育の一つの重要な要素となることが期待される。最後に,今後の保険・リスクマネジメントにおける大学院教育の方向性として高度な数学的知識を前提にしたウォートンの方向性と実務的な関連を重視するような教育に向かう方向性が見いだせるが,わが国においては,伝統的な保険学の蓄積を活用する上でも後者の方向性が中心になるものという考えが示される。

■キーワード

 保険教育,リスクマネジメント教育,大学院の保険教育

■本 文

『保険学雑誌』第623号 2013年(平成25年)12月 , pp. 23 − 37

中国の充実した保険教育と学生の早期就職決定が日本の保険教育に与える示唆

久保 英也

■アブストラクト

 中国の大学は,日本に比べ保険教育を広範かつ戦略的に提供している。「保険学部」を有する名門大学や保険学の学位を授与する大学が数多く存在し,また学部,博士前期課程,博士後期課程の一貫した保険教育を行う大学も見られる。更に,保険数理分野の教育を重視し,金融の中で保険の立ち位置を確立すると共に金融イノベーションを保険分野から起こせる素地も作ろうとしている。中国の大学は保険業界に高度専門人材の提供を行う役割を果たしていることから,アジアでの国際競争において日本の大学や日本保険学会は危機意識を持って今後の教育戦略を考え直す必要がある。
 また,個人の能力を最大限引き出すためには,中国等の学生に比べ遅い日本の学生の将来の進路の決定時期を前倒しにすることが重要である。将来のライフコースの早期決定を促す,大学1回生から2回生向けの新たなライフサイクル教育を具体的に提案する。

■キーワード

 教育再生実行会議,保険数理,ライフサイクル

■本 文

『保険学雑誌』第623号 2013年(平成25年)12月 , pp. 39 − 58

日本の大学における保険教育のあり方について

―グローバル化,大学教育改革の流れの中で―

中林 真理子

■アブストラクト

 保険学や保険論をめぐっては,大学で一科目として保険理論をどのように位置づけるべきか,つまり,リスクマネジメント,さらには,金融分野の周辺科目とどのように棲み分けるか,という科目固有の問題が常に存在し続けきた。しかし近年,日本の大学のグローバル化とそのための制度整備が急速に推進され,保険学や保険論は他の科目と同様に,どのように変化に対応し,存在意義を発揮し続けることができるのか,という問題に直面している。
 アメリカを中心とした世界の保険教育の趨勢を知ることは,日本でこれから加速する大学教育改革の流れの中での保険教育のあり方を考える上で大いに参考になるものである。つまり,科目体系化のためのナンバリングをはじめ,現在進行中の大学教育改革の流れに適応可能な保険教育へと変革することが,大学の一科目としての位置を確保することにつながると同時に,保険関連科目の体系化を実現するものになると言える。

■キーワード

 グローバル化,大学教育改革,カリキュラムの体系化

■本 文

『保険学雑誌』第623号 2013年(平成25年)12月 , pp. 59 − 75

保険教育の今後の在り方についての一考察

武石 誠

■アブストラクト

 生保会社に勤務する傍ら非常勤講師として保険論を担当して15年が経過し,学生と接する中,保険教育の在り方について考える機会を与えられてきた。大学を取り巻く環境はこの15年間で大きく変化し,学生に社会人としての基礎力,生きる力を身につけさせることが求められる時代になってきた。平成25年5月の「教育再生実行会議」による第三次提言や,同年に閣議決定された「消費者教育の推進に関する基本的な方針」等から,社会が大学に求めているものは何かを考え,保険教育の今後のあり方を考えると,保険教育は社会が大学に求めているものの受け皿になると考えるに至った。
 今後の保険教育の方向性としては,実学的アプローチと学問的アプローチの二分化を提言する。そして実学的な保険教育について,現在,就職活動の一環として行われている一般課程のキャリア教育を抜本的に見直し,教育内容の再構成と体系化を提言した。

■キーワード

 保険教育の二分化,ライフマネジメント,実学的アプローチ

■本 文

『保険学雑誌』第623号 2013年(平成25年)12月 , pp. 77 − 92

生命保険アンダーライティング学院のあゆみ

―どうして建学されたのか,これからの課題は何か―

正田 文男

■アブストラクト

 生命保険アンダーライティング学院(ア学院)は,来年創立40周年を迎える。この機会に当学院がどのような時代背景の下に,何を目的に創られたかを振り返り,その後の歩みとともに,今何が課題となっているかについても簡単に紹介することとしたい。
 当時,生保業界も戦後30年を経て,少なくとも量的には欧米水準を凌駕するまでに復興成長していたが,営業職員体制は40万人導入・40万人脱落という大ターンオーバーの状況にあり,職員の平均勤続期間も6ヶ月に満たない悲惨なものであった。保険審議会50年答申でこの間の状況は明らかである。このような中で,建学者の故末高博士は,アメリカのACLU,CLU制度を範に,ア学院を設立した。その後40年,学院は業界に1647人のリーダー専門職員を輩出した。教養重視に軸足を置いた学院の特徴も好評を得たが,一方で,CLUとの比較では,専門科目の強化がこれからの課題になりつつある。

■キーワード

 アームストロング調査,保険審議会50年答申,ACLUとCLU資格

■本 文

『保険学雑誌』第623号 2013年(平成25年)12月 , pp. 93 − 109

生命保険文化センターにおける消費者啓発・学校教育活動の取り組み

高地 貞雄

■アブストラクト

 生命保険文化センターは,昭和51年の設立以来,一貫して消費者啓発・学校教育活動に取り組んでいる。活動の対象は,若年層から高齢者層までの一般消費者(消費生活相談員を含む)と大学から中学校までの学生・生徒ならびに教師である。消費者や学生・生徒が実際の生活の場で,あるいは将来社会人となって生命保険と向き合ったとき,適切な活用判断ができるよう実践力を身に付けてもらうことを目的として,各対象層の特性に応じて,講習会,冊子,ホームページ等により適切な生保知識の付与と理解の向上に向けた活動を行っている。今後の取り組みとしては,①金融経済教育推進の動きに対応した活動の展開,②金融諸団体との連携強化,③学校現場におけるICT(情報通信技術)導入の動きへの対応,があげられる。

■キーワード

 消費者啓発,金融経済教育,学校における生命保険教育

■本 文

『保険学雑誌』第623号 2013年(平成25年)12月 , pp. 111 − 128

生保業界の業界内保険教育

―生命保険協会の取り組み―

松本 明善・上田 尚樹

■アブストラクト

 現行の生命保険募集人に対する業界共通の教育制度は,各「課程」と「継続教育」の二つのプログラムで構成されている。各「課程」は,生命保険募集人として必要な「一般課程試験(生命保険募集人登録)」から始まり「専門課程」「応用課程」「大学課程」へと習得内容が高度化するもので,「継続教育制度」は全ての生命保険募集人が毎年履修することが義務付けられている。また,生命保険事業の健全な運営に資するため,内勤向けの「生命保険講座」,「生命保険支払専門士」試験を設けている。わが国の生命保険事業は100年を超えて成長してきたが,今日の体系は,その間の社会経済情勢の激動と生命保険各社の事業運営の変遷,および社会的な要請と契約者保護等に資する関連法制の充実に応じて内容・運営が整備され高度化がはかられてきた。土台となる「業界共通の教育諸制度」と,「各社独自の教育カリキュラム」は,今後も業界の健全な発展を下支えする両輪だと確信している。

■キーワード

 業界内保険教育,業界共通試験

■本 文

『保険学雑誌』第623号 2013年(平成25年)12月 , pp. 129 − 142

損保業界の業界内保険教育

―損保総研「本科講座」の歩みと課題―

小笠原 正恭

■アブストラクト

 損保総研は60余年にわたり,損保業界の新人教育として本科講座を提供している。時代の変化や損保業界の大きな変革が本科講座運営にも影響しており,特に1996年の保険の自由化以降,受講者数の減少が続いている。とはいえ,損保総研の使命としての損保業界人への知識・知見提供の重要性は変わっておらず,本科講座は各方面の講師と損保各社の理解と支援に支えられ,継続している。
 知識・知見の面では,自由化の影響等で受講者の専門分野の理論学習のレベルが全体的に低下しており,業界に必要な専門学習を引続き提供していくことが課題である。受講者の学習環境や業界動向を踏まえて,より教育ニーズに合わせた教育を提供していかねばならない。

■キーワード

 損保社員教育,本科講座,保険の知識・理論学習

■本 文

『保険学雑誌』第623号 2013年(平成25年)12月 , pp. 143 − 162

消費者教育としての保険教育

―損保協会の取組みを通して考える―

竹井 直樹

■アブストラクト

 消費者向けの保険教育については,これまで,損保協会が保険の仕組みや商品に関する各種情報提供,高校,大学への講師派遣,消費生活相談員向け勉強会などの取組みを行ってきた。また,最近,「消費者教育の推進に関する法律」が施行され文部科学省や金融庁でもその後押しの取組みがさまざまに行われている。しかし,保険の専門性や複雑性から,教える側と学ぶ側の意識や知識差の違いを克服するのはそう簡単ではない状況にある。そこで,そもそも消費者教育の主体・客体という構図をリセットし,消費者側と事業者側が一体になった関係のなかで,新たな消費者教育を構築していく必要がある。保険商品のシンプル化,わかりやすさを大前提にして,消費者とのコミュニケーション機会をさらに増やしながらお互いが学びあうという発想の転換が不可欠である。また,学校教育(特に大学の連続講座)の場は,リスク教育を含めて損害保険が持つ学究性と実利性の双方を学ぶ格好の機会である。

■キーワード

 消費者教育,保険教育,損保協会

■本 文

『保険学雑誌』第623号 2013年(平成25年)12月 , pp. 163 − 182

協同組合共済における教育

高野 智

■アブストラクト

 協同組合共済における教育については,保障事業を行う上での教育と協同組合共済としての教育という2つの側面がある。また,協同組合共済といってもその根拠法は各組織により異なり,設立の経過や組織の社会的役割もそれぞれのものを有する。従って,各協同組合共済がそのような観点を教育にも取り入れ,組織の人材育成の中に組み入れるとともに,組合員や利用者に対し知らせていくように取り組んでいる。単に保障事業の教育だけでなく,共済や協同組合についても教育していくことが,協同組合共済の教育における特徴である。
 そしてこれは,組合員や利用者だけでなく社会に対しても持続的に取り組んでいく必要があり,それをいかに実践していくかが今後の課題である。

■キーワード

 協同組合,共済の社会的役割,共済教育

■本 文

『保険学雑誌』第623号 2013年(平成25年)12月 , pp. 183 − 195