保険学雑誌 第622号 2013年(平成25年)9月

傷害保険における外来性の要件

―2つの最高裁平成19年判決以降の下級審の動向を踏まえて―

勝野 義人

■アブストラクト

 傷害保険等における「外来性」の解釈及び立証責任について平成19年の2つの判例が一定の結論を出して以降も,これに関して多くの裁判例が出されているところであり,これら裁判例を分析していくと,判例を前提とした上でも「外来性」や「因果関係」を否定し,保険金支払義務を否定したものも多くみられる一方,「疾病免責条項」等の免責規定の適用については,平成19年判例以前の多数説・実務運用(「請求原因説」)の考え方を前提とした場合と異なる判断が下され,その免責が否定されているものが多く見受けられる。
 「疾病免責条項」が存在していても,それによる免責が認められる事案が少ないことに鑑みれば,疾病による免責に関する規定の文言についてはより踏み込んだ検討が必要であり,割合的な認定及び支払を行える規定の仕方が,裁判所の審理及び当事者の立証の衡平に資すると考える。

■キーワード

 外来性,疾病免責条項,主張立証責任

■本 文

『保険学雑誌』第622号 2013年(平成25年)9月, pp. 1 − 20

イギリス2012年消費者保険(告知・表示)法の概観と比較法的示唆

中村 信男

■アブストラクト

 イギリスの保険法現代化作業の一環として,2012年に消費者保険(告知・表示)法が制定された。これまでコモンロー・ルールとそれを具体化した1906年海上保険法がすべての保険契約を規律してきたイギリスの保険法制において,企業保険と消費者保険との区分を設け後者につきコモンロー・ルールの適用を排除し,消費者保護を実現する立法が実現した。そのうえで,同法は,保険契約者等による告知義務違反に対する法的処理として,従来は消費者にとって過酷とされてきたコモンロー・ルールを変更するとともに,プロラタ主義を採用する。しかも,これらの規律は,既に消費者保険契約に関して保険契約者等の保護の観点から実務上採用されている取扱いを制定法に取り込むものとなっており,その実効性が実際に裏付けられたものである点も含めて注目に値する。本稿は,保険契約法に関する比較法研究としてイギリスの上記立法を,制定の経緯も含めて概観し,併せてわが国の保険法制に対する若干の示唆を得ようとするものである。

■キーワード

 消費者保険契約,告知義務,プロラタ主義

■本 文

『保険学雑誌』第622号 2013年(平成25年)9月, pp. 21 − 41

中国における企業保険需要に関する実証研究

陳 大為

■アブストラクト

 本研究では,中国における企業保険需要の決定要因について,2011年の中国の上海株式市場における上場企業(金融企業を除く)を対象として実証的に検討している。その結果,第1に,企業が支払った保険料は企業資産の増大にともなって増加しているが,1単位の付保できる資産に掛ける保険料は逆に減少していることが確認された。第2に,中国において,国有企業の保険需要は強いことが確認された。第3に,中国において,倒産リスクが高い企業の保険需要は強くなっている。他方,将来性の高い企業は安定的な発展を確保するため,保険需要をより強くしていることが分かった。第4に,固定税率であれば租税は企業保険需要に影響を与えないことがわかった。第5に,コーポレート・ガバナンスは企業保険需要に影響していることが確認された。さらに,監査役より社外独立役員のほうが企業保険需要の促進に貢献していることが分かった。

■キーワード

 中国損保市場,企業保険,保険需要

■本 文

『保険学雑誌』第622号 2013年(平成25年)9月, pp. 43 − 61

中国のWTO加盟と保険市場

―外資系保険会社参入の影響―

塔林 図雅

■アブストラクト

 「改革開放」の国策施行後,中国は長年の交渉を経て2001年にWTO加盟を果たした。本稿では,WTO加盟から10年が経つ今,中国における保険市場開放のプロセスを辿りながら,外資系保険会社による市場参入の影響を分析した。とくに持続的な高度経済成長と市場開放の相乗効果により,中国保険市場が急速な発展を遂げているなかで,戦略論の視点から外資系保険会社の市場参入の考察を通じて,その背景にある中国固有の地域特性を浮き彫りにした。そして,地域の経済発展水準が外資系保険会社の市場参入基準において,もっとも重要な前提要件となっていることを強調した。

■キーワード

 WTO加盟,中国保険市場,外資系保険会社

■本 文

『保険学雑誌』第622号 2013年(平成25年)9月, pp. 63 − 82

インターネット販売における保険募集行為規制の課題

鎌田 浩

■アブストラクト

 保険業法等における募集行為規制は,主に対面募集の保険募集人の募集行為を対象としており,インターネット募集等のあらたな販売形態については付随的に言及されているにとどまっている。ITの進化により,保険業法等の制定・改正時には想定しなかった問題も発生していることから,保険業法300条1項1号から3号のいわゆる情報提供義務の観点から,インターネット募集のあり方を考察する。インターネット募集には,保険者が顧客に提供する「情報の内容」,保険者が説明すべき「重要事項の説明方法」,特約の「説明義務の範囲」の3点において対面募集とは同一には論じられない側面がある。インターネットにおける情報の即時性,最新性,連携性の利点を活かし,募集画面等において「顧客が知る必要がある情報」を効果的に充足させ,顧客への情報提供義務に応えることは可能であると考える。

■キーワード

 募集行為規制,情報提供義務,インターネット募集

■本 文

『保険学雑誌』第622号 2013年(平成25年)9月, pp. 83 − 101

日本の生命保険販売従事者の倫理的課題

―日米比較研究からの示唆―

中林 真理子

■アブストラクト

 生命保険販売従事者が直面する倫理的課題についてのアンケート結果をもとに日米比較研究を行ったCooper and Nakabayashi[2010]での,「保険会社が提供する商品種類とサービスが十分でないので,顧客のニーズにあった商品を販売できないことは倫理的に問題かどうか」という問題提起に対し,その後の環境変化を踏まえて一つの答えを出すことが本稿の目的である。
 日本ではアンケート実施後,銀行窓販が全面解禁になるなど,提供可能な商品やサービスの幅が広がっているという面では問題は解消しつつある。しかし環境が整備されてきたからこそ,それぞれの顧客のニーズに合わせた販売および契約保全活動ができないことは倫理的に問題であるという状況になってきた。このような環境下では,営業職員の自覚はもちろん,生命保険会社が主導して営業職員の質を高め,より包括的で合理的なアドバイザーとしての役割を担えるような体制を整備することが,営業職員チャネルの存在意義を高めることになる。

■キーワード

 倫理的課題,生命保険販売従事者,アンケート調査

■本 文

『保険学雑誌』第622号 2013年(平成25年)9月, pp. 103 − 121

生命保険契約における災害関係特約の約款改訂

清水 太郎

■アブストラクト

 従来の生命保険契約における災害関係特約約款は,分類提要を引用していること等より,消費者保護の観点から批判されてきた。そこで,今般改訂された約款は,特に消費者に分かりやすい約款を意識してこれを削除し,また,不慮の事故の3要件の定義も設けている。
 無論,これで全ての問題が解決したわけではない。今後の裁判所の判断に依拠するところでは偶発性の立証責任がいずれに課されるか,仮に保険者に課されるとした場合の対応如何,約款規定の問題としては不作為の外来性を担保するのか否か必ずしも明確とは言えないこと,事案の柔軟な解決に適しているとされる限定支払条項の不採用,曖昧な「軽微な外因」の存続等の問題点が残されており,これ以降もよりよい約款とするための検討が必要である。
 しかしながら,この改訂された約款は消費者に分かりやすい約款という観点から一定の評価はされうるものと考えられ,今後の運用に期待するものである。

■キーワード

 災害関係特約,分類提要,消費者に分かりやすい約款

■本 文

『保険学雑誌』第622号 2013年(平成25年)9月, pp. 123 − 139

重過失免責の認定と分析

天野 康弘

■アブストラクト

 重過失は,規範的抽象的概念であることから,いかなる事実や要素を考慮すべきか一義的には明らかではない。そこで,平成以後の近時の裁判例の認定を類型的に分析し,重過失を導く事実・要素・視点について検討を加えるのが本稿の主たる目的である。裁判例の多くが重過失の意義についていかに解しているかも分析する。
 多くの裁判例は,重過失の意義について,著しい注意義務違反と解して,特別狭く解釈していない。そして,重過失の認定に際しては,行為それ自体の危険性が極めて高いこと,それが周知なこと,通常人であれば危険性を容易に予見できることといった各要素が基本となり,その他の要素を検討するという構造が基本的であるといえる。
 注意欠如の程度は甚だしいが,当該行為について何らかの事情や原因があり,重過失を否定する結論を採る場合,裁判例では,重過失の意義について制限的に狭く解釈する傾向があるように思える。

■キーワード

 重過失,保険者免責,著しい注意義務違反

■本 文

『保険学雑誌』第622号 2013年(平成25年)9月, pp. 141 − 160

保険契約者の変更(地位の譲渡)に関する一考察

―韓国の生命保険契約における議論を素材として―

李 芝妍

■アブストラクト

 生命保険契約者の変更とは,保険契約者が有する保険契約上の一切の権利義務を第三者に承継させることで,保険法はこれに関する規定を定めておらず,生命保険約款では,保険契約者は被保険者および会社の同意を得て,保険契約上の一切の権利義務を第三者に承継させることができると定めている。従って,生命保険契約者の変更は保険会社が同意する一定の事情がある場合のみ可能な状況であり,非常に制限的なものとなっている。
 時代の変化,特に高齢化社会の側面で鑑みると,従来の生命保険契約の目的である遺族保障は現在の消費者ニーズに応えられていないので,保険契約者の重要財産の一つである生命保険契約を流動化する合理的な方案を模索する必要があるだろう。そこで,本稿は生命保険契約者の変更をめぐる法的問題について,日本と同様の状況である韓国の議論を中心としてその実例と提案などを紹介し,日本での議論と比較している。
 生命保険契約が有する財産的価値の活用方法の中には,確かに様々な問題が生じうるものもあるが, その具体的な問題については立法・制度的側面から事前・事後的な対策を備えた上,合理的な手段として活用できるようにその機会を与えるべきであると思われる。

■キーワード

 保険契約者の変更,地位の譲渡,保険者の同意

■本 文

『保険学雑誌』第622号 2013年(平成25年)9月, pp. 161 − 181

チャイルドシート不使用と自賠法3条の責任

―東京地裁平成24年6月12日判決を題材に―

大井 暁

■アブストラクト

 赤信号無視の加害車両に衝突された被害車両の運転者は,通常信頼の原則により無過失とされる。運転者が同乗の幼児にチャイルドシートを使用させなかったため幼児が重度後遺障害を負った場合,保有者に自賠法3条の責任が生じるか。チャイルドシート不使用を「運行」とする見解には賛成できない。自動車の走行を「運行」とすれば,運行と事故発生との間に相当因果関係は認められる。しかし,チャイルドシート不使用の過失は,人身事故発生
 との間に因果関係がないから,保有者には自賠法3条但書の免責が認められる。東京地判平成24年6月12日を題材に検討した。

■キーワード

 チャイルドシート,シートベルト,自賠法3条

■本 文

『保険学雑誌』第622号 2013年(平成25年)9月, pp. 183 − 203