保険学雑誌 第620号 2013年(平成25年)3月

【特別講演】新たなグローバル経済のアーキテクチャーと保険業界

チャールズ D・レイクⅡ

■アブストラクト

 米国発の世界的な金融危機を受けて構築されてきた新たなグローバル経済のアーキテクチャーの中で,国際金融規制や国際保険監督規制は大きく変容しようとしている。各国は,このグローバルガバナンスが進化する背景にある世界の四つの大きな潮流に対応しながら,国家戦略に基づく経済政策・対外経済政策の展開,さらにはこれらと整合的な金融行政の実行を進めようとしている。日本の経済政策の重要な基盤である金融行政を担う世界有数の洗練された金融当局である金融庁は,「ベターレギュレーション」を掲げ,金融・資本市場の国際競争力強化に向けた金融行政の進化の方向性を明確にしており,国際社会の評価・期待も大きい。保険行政でも「ベターレギュレーション」の更なる展開を通じた,透明性の高い自己責任原則と法に基づく行政の実行が,日本経済の国際競争力強化にとって不可欠であり,持続的な経済成長の実現をめざす「アベノミクス」の成功の鍵を握るベンチマークとして国際社会が注視している分野である。

■キーワード

 国際金融規制,ベターレギュレーション,現地法人化

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 1 − 20

巨大災害・巨大リスクと保険制度

堀田 一吉

■アブストラクト

 巨大リスクは国民経済を脅かす存在として,個人や企業にとって大きな関心となっている。近年,多大な経済的損害をもたらす自然災害が多発する中で,保険損害も著しい増加傾向を示している。巨大リスクは,保険可能性において困難なリスクではあるが,保険可能性は,絶対的基準ではなく相対的基準である。保険技術や保険会社の資本増強により,保険キャパシティは格段に向上している。巨大リスクへの対処策の保険の機能を最大限に引き出すためには,補償と抑止の相互性を踏まえた損害緩和の対策が重要である。さらに,巨大災害コストを社会全体として引き下げるために,リスクマネジメントの観点から,それぞれの次元で,官民役割分担のあり方を考慮に入れる必要がある。

■キーワード

 保険可能性,損害緩和,官民役割分担

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 23 − 42

巨大災害・巨大リスクと法制度

―地震保険のあり方について―

山本 哲生

■アブストラクト

 地震保険を,社会連帯に基礎を置いた,市場による交換とは異なる,統治団体が関与して給付を行う制度として構想する,すなわち社会保険として構想することが考えられる。地震保険の基礎としての社会連帯は顕在化していないが,社会連帯の素地はあり,統治団体の主導で社会連帯を形成していくという位置づけは可能であろう。ただし,その場合でも,具体的内容については様々な要素を考慮することが必要であり,一義的に内容が決まるものではない。たとえば,保険料率の細分化については,社会連帯の見地からは,保険料率細分化を徹底しないことが望ましいとはいえる。ただし,低リスク者から高リスク者への所得再分配が大きくなりすぎると社会連帯の基盤を害するおそれもあるため,どの程度の再分配が妥当かはさらに問題となる。

■キーワード

 地震保険,社会保険,社会連帯

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 43 − 62

地震保険制度の諸課題

黒木 松男

■アブストラクト

 2011年3月11日に発生した東日本大震災はわが国の地震保険制度に対して種々の課題を投げかけた。本稿は,財務省の「地震保険に関するプロジェクトチーム」の議論を踏まえ,そのあるべき姿に関してどのように考えるべきか,つぎの諸課題について検討を加えている。すなわち,第1に,地震保険の法的性格は損害保険か費用保険か,第2に,官民負担の在り方については政府と民間の役割分担はどうあるべきか,第3に,地震保険の強靱性・持続可能性を持たせるために再保険スキームの自動改定システムを導入すべきか第4に,付保制限の在り方は見直すべきか,第5に,マンションに特化した地震保険を構想すべきか,第6に,現行の保険料率の4等地制は維持すべきかについて考察している。

■キーワード

 東日本大震災,地震保険,財務省

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 63 − 82

巨大災害・巨大リスクとリスク管理

岡﨑 康雄・篠目 貴大

■アブストラクト

 企業の大規模地震対策においては,目標復旧時間・レベルを指標として,重要業務の継続に焦点を当てた事業継続計画(BCP)の取り組みが普及してきた。
 本稿では,まず,東日本大震災における被害実態と地震対策効果に関する企業アンケート結果の分析に基づいて,事前対策の効果の度合いやその重要度に関する事前,事後の認識の変化を示す。次に,本大地震によってリスク管理の課題が浮き彫りとなり,さらに想定リスクが見直される中での企業の取り組みのあるべき姿を説明する。
 最後に,企業の事業継続戦略において,多額の投資を要する本質的な対策とともに,保険,デリバティブなどのリスクファイナンス手法を組み合わせて対応すること,BCP を企業価値向上のための経営戦略に位置づけ,経営層の強い意志と積極的な関与によって進めることを提言する。

■キーワード

 事業継続計画(BCP),大規模地震対策,サプライチェーン

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 83 − 95

損害保険会社における巨大リスクの引受け

松尾 繁

■アブストラクト

 国内損害保険会社における巨大リスクとして,風水災や地震といった自然災害の集積リスクがある。こうした巨大リスクに対して当社は,「リスクベース(ERM)経営」を通じて,リスク量の定量的な把握および管理ひいては引受実務を行っており,その実践のために,当社では内部リスク評価モデルを開発しリスク量や期待値を定量的に解析しているが,当社では,この「リスクベース(ERM)経営」を「リスク╱資本╱リターンの3つの関係を常に意識し,これを通じてステークホルダーに価値を提供しながら企業の持続的な成長を実現すること」と定義している。リスク検証結果に基づいて,伝統的な再保険,証券化,リスクスワップなどを組み合わせてリスクヘッジを行い経営の安定化を図っている。今後更にグループ横断での自然災害集積リスクの把握・管理態勢を強化しモデルを継続的に高度化していき,その結果を保険引受政策や再保険政策にも順次反映させる。

■キーワード

 (自然災害)集積リスク,リスクベース(ERM)経営,リスク評価モデル

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 97 − 116

巨大災害・巨大リスクと生命保険の課題

明田 裕

■アブストラクト

 巨大災害による保険金支払自体が生保会社のソルベンシーに与える影響はさほど大きくないが,巨大災害は同時に生保の保有資産に大きな影響を与える。日本経済が大きな打撃を受けることから,トリプル安(株安,円安,債券安)を想定するのが自然だが,今回の東日本大震災後に円高が進んだように,すべてが生保にとってマイナス方向に動く可能性もある。
 巨大災害が発生した場合,生保各社には,何にもまして,早く間違いなく保険金を支払うことが求められ,そのためには,「マイナンバー」を利用できるようになることが有効である。加えて,①生保の災害関係特約と損保の傷害保険の免責条項等の相違,②被保険者と受取人の同時死亡の場合の新受取人についての各社の取扱の相違,③「震災関連死」認定と生保の災害死亡判定の相違の3点について,極力統一し被災者に分かりやすいものとすることも検討する余地がある。

■キーワード

 免責条項等,同時死亡,震災関連死

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 117 − 129

巨大災害・巨大リスクと再保険の課題

江利口 耕治

■アブストラクト

 2011年に発生した東日本大震災,タイ洪水をはじめ過去の自然災害による高額損害における再保険の寄与度は一定水準に達しており,巨大災害にかかわる保険金支払いにおいて再保険は大きく貢献している。
 2011年度は,自然災害の多発を受け再保険会社の事業成績は悪化,コンバインド・レシオが100%を超過する再保険者も多数出た。こうしたなか迎えた2012年度の再保険の特約(契約)更改では一定の料率上昇が見られ,再保険マーケット・ハード化の兆しも見られた。
 想定外を排除し,あらゆるリスクに備えることが巨大災害における再保険金支払いを確実にするとともに,再保険キャパシティの裏づけとなる担保力維持に繫がる。こうした観点から,包括的な取引形態である特約再保険の取引においては,出再されるリスクに関するより高度な情報開示や,契約条件の強化が求められている。

■キーワード

 再保険,自然災害の多発,想定外の排除

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 131 − 149

戦後日本の生命保険業における企業形態

―所有権理論による分析―

姜 英英

■アブストラクト

 本稿の目的は,戦後日本の生命保険業に最適な企業形態が何であるのかを検討することである。歴史的・制度的条件に即して,1945年から1995年までの期間を「護送船団方式」の時代,1996年以降の期間を金融自由化の時代と時期区分した。前者の時期において,多くの株式会社が相互会社への組織転換を行った終戦直後の事例は,戦略的な意思決定であることを明らかにした。さらに,所有権理論の枠組みを用いて分析した結果,この時期においては相互会社形態と株式会社形態のいずれがより優れていたかを判別できなかった。他方,生命保険システムの抜本的な見直しが進められている後者の時代について,同様に所有権理論の枠組みを用いて検討した結果,株式会社のほうがより市場に適する企業形態となってきているという結論が導かれた。

■キーワード

 生命保険,企業形態,所有権理論

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 179 − 198

中国の自動車保険における保険需要に関する実証研究

陳 大為

■アブストラクト

 本研究では,中国における自動車保険需要の決定要因について,2002-2009年の間のパネルデータを用いて実証的に検討している。その結果,中国において,⑴所得,価格,損害額は自動車保険需要にプラスの影響を及ぼす,⑵各教育水準によって自動車保険需要への影響は異なっている,特に高等教育は自動車保険需要との間にマイナスかつ有意な関係がある,⑶既婚者の方がリスク回避度が高く,自動車保険需要への影響はプラスである,⑷生命保険需要とは異なり,扶養率は自動車保険需要にマイナスの影響を及ぼす,また,子供の扶養率より高齢者の扶養率の影響の方が大きい,⑸2006年7月1日から実施された「自動車交通事故責任強制保険」は,その後の自動車保険需要に強い影響を及ぼしていない,ことが分かった。

■キーワード

 中国保険市場,自動車保険,保険需要

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 199 − 218

Present and Future of the Korean Insurance Industry

Dong-Han Chang

■アブストラクト

 South Korea needs to keep growing ;individuals, households, businesses either private or public. It needs to grow and should seek sustainable growth based upon economic performance, taking good care of its environment. Social responsibility is the essence of sustainable growth, which is the vision of Korean economy. South Korea is facing many problems regarding sustainability:polarization, unemployment, demography and so on. Korean insurance industry must look for new development locomotives ;it has to seek development based upon its core competence in risk management service with the vision of sustainable growth. As the public’s interests in risk management service are ever increasing, the integrated risk management service may be a good future market for insurance business whose main function is basically risk management.

■キーワード

 Korean Insurance Industry, sustainable growth, integrated risk management

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 219 − 240

PTA安全補償制度運営上の諸問題

―アンケート結果に対する一考察―

早川 淑人

■アブストラクト

 PTA団体傷害保険,学校契約団体傷害保険,PTA管理者賠償責任保険などで構成される現在のPTA 安全補償制度を,アンケート結果から分析するとともに,補償ニーズを中心とした制度運営上の諸問題を考察したものである。現在のPTA安全補償制度において,補償ニーズと補償内容の最大の相違点は,(独)日本スポーツ振興センター法と保険約款での「学校管理下」の解釈の相違である。また教育基本法では,各種の社会教育団体や町内会との連携活動,学校教育施設や社会教育施設の相互活用を推進している。しかし保険での補償は,PTA活動内容や活動方法によっては補償対象外になるなど,補償内容は社会の変化や補償ニーズに対応しきれていない。これらは従前の学校内を中心としたPTA活動ではなく,社会教育団体として地域と一体化したPTA活動に視点を移すこと,日本全体のPTA組織メリットを生かした保険商品開発が行われることで一定の解決が図られると思われる。

■キーワード

 PTA 共済制度,社会教育団体,教育基本法

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 241 − 260

退職給付制度における企業の選択動機

―退職一時金は「暗黙のリスク移転」か?―

柳瀬 典由

■アブストラクト

 本稿の目的は,わが国の確定給付型の退職給付制度における企業の選択動機について,2000年度から2010年度までの上場企業のデータを用いて実証的に検証することである。具体的には,事業主である企業の立場から,内部留保型の退職一時金が外部積立型の企業年金制度に対してどのような優位性を持ちうるのかという点を論じたうえで,退職一時金のみを採用する企業が有する財務的特徴を探る。検証の結果,退職一時金のみを採用する企業の特徴として,⑴規模が小さく,⑵レバレッジが高い一方で手元流動性や現金保有が高く,⑶キャッシュフローの収益性が低いという点が浮き彫りになった。これらの結果は,退職一時金のみを採用する企業が退職一時金の原資である安価な内部資金を活用することで流動性リスクへの備えを行い,その結果,株主から従業員への「暗黙のリスク移転」が生じている可能性を示唆するものである。

■キーワード

 退職一時金,企業年金制度,暗黙のリスク移転

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 261 − 280

企業年金ガバナンスの進展と最適な制度運営

丸山 高行

■アブストラクト

 企業が企業年金をもつことには,どのような意義があるだろうか。たとえば従業員の勤労意欲を高めたり,生産性の向上につながることによって,企業価値を高めるといえるだろうか。企業年金の存在意義を確かめるためには,企業年金ガバナンスについて考察することが不可欠である。企業年金を漫然ともつだけでは,企業価値は高まらない。企業年金ガバナンスと真摯に向き合い,その実効性を高める努力を重ねて初めて,企業価値の向上につながるのではないか。
 企業価値を最大化する企業年金ガバナンスを考えることによって,最適な制度運営の姿が明らかとなる。企業年金運用の帰趨を左右する政策アセットミックスは,企業年金を含めた企業全体の最適資本構成を考える中で,最適積立比率という形から具体化される。また,企業年金ガバナンスは,監視システムの整備,制度運営者へのインセンティブ付与といったコストを伴う。このコストをエージェンシー・コストととらえ,コストと企業価値のトレード・オフ関係から,最適なリスク管理体制やインセンティブ設計,さらには最適な制度体系の答えも見えてくる。

■キーワード

 企業年金ガバナンス,受託者責任,エージェンシー問題

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 281 − 300

企業会計上における保険負債のマージンに関する考察

上野 雄史

■アブストラクト

 マージンは『予期しえないリスクへの対応』と『将来の利益』という二つの性質を有する負債である。我が国におけるマージンは,危険準備金や異常危険準備金のような準備金だけでなく,責任準備金の計算過程においてもマージンを設け,予期しえないリスクに対応している。一方,国際的な基準設定では,保険負債を,将来キャッシュ・アウトフローの最適な予測値(最良推定負債)とマージンとに,明確に区分する方向で議論されている。国際的な基準に沿って,我が国の保険業において情報開示が行われることは,リスクに対応するマージンを明確化することを意味する。しかしながら,将来の予測はある一定の不確実性を有することは避けられず,さらに測定の対象が不確実性を取り扱う保険事象である以上,二重の不確実性が生じることになる。開示された数値が絶対的なものではなく,見積もりの限界を強く意識することが,情報の作成者側と読み手側の双方に求められる。

■キーワード

 マージン,責任準備金,企業会計

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 301 − 320

海上保険におけるPiratesおよびPiracyの解釈について

平澤 敦

■アブストラクト

 海賊は,有史以来存在する海上危険である。しかし,時代の趨勢と共に海賊および海賊行為は変容し,今日の海賊は単なる武装強盗集団ではなく,ソマリア沖の海賊のようなハイテク武装集団も多く存在し,その目的も乗組員や旅客への襲撃や殺害,船舶や積荷の強奪といった往時の海賊の姿とは異なり,旅客等を人質に多額の身代金を要求する頭脳犯的な側面を持つものまで登場している。海賊の問題は,海上保険における海賊危険の取り扱いにも多大な影響を及ぼしているが,海賊および海賊行為に関する確固たる統一的な定義はなく,その扱いについては,国際法や海上保険法においてそれぞれ異なっているのが現状である。本稿では,主に国際法や海上保険法における海賊および海賊行為の定義について検討し,海賊類似の危険と線引きが困難な問題や国際法上の定義が海上保険の領域では妥当性を欠くことを考察した。

■キーワード

 海賊(pirates),海賊行為(piracy),暴力的窃盗(violent theft)

■本 文

『保険学雑誌』第620号 2013年(平成25年)3月 , pp. 321 − 340