保険学雑誌 第619号 2012年(平成24年)12月

東日本大震災における保険当局の対応

鮫島 大幸

■アブストラクト

 2011年3月11日に発生した東日本大震災においては,迅速な地震保険金の支払いに向けた工夫,車両保険の免責への不満,液状化被害への損害査定方法,原発周辺地域の家屋への損害査定など,様々な問題が発生した。行政としては,損害保険会社との間で意思疎通のレベル,頻度を最大限に上げて,支払い現場の知恵に基づく提案や創意工夫を促し,それを最大限尊重して実現することにより,これらの課題を一つ一つ乗り越えて行った。
 本稿は,これらの課題とそれへの対応の経緯を記録することに加え,今回の震災対応を通じて得られた教訓,例えば,個別の契約者や,マスメディア,議会等の関係者への丁寧な説明の重要性や,当局としても被災地を回って現場の方々から直接声を伺うことの重要性などが,今後の災害対応に少しでも活かされることを趣旨とするものである。

■キーワード

 東日本大震災,金融庁,行政当局の対応

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 11 − 22

被害者救済に関する原子力損害賠償責任保険の課題

大羽 宏一

■アブストラクト

 2011年3月11日に東北地方と関東地方を襲った地震とそれに伴う津波により,東日本は大きな被害を被ったが,東京電力の福島第一原子力発電所の1号機~3号機は全交流電源が喪失することとなり,原子炉の圧力容器に注水できなかったため,炉心の核燃料が露出することとなった。この結果シビアアクシデントに陥り,放射性物質が多量に放出されることになり,ここに「原子力損害」が発生することとなった。
 本稿では,原子力損害の賠償に関する法律の特色を分析し,また今回の原子力損害を解決するために立法された原子力損害賠償支援機構法を解説し,それを踏まえてどのように新しい被害者救済策を策定すべきかを提案している。また,国際条約への加盟についても提案をしている。

■キーワード

 原子力損害,原子力損害賠償支援機構,プライス・アンダーソン法

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 23 − 42

東日本大震災の行方不明者に係る法的課題等(死亡保険金の支払い等)について

渡橋 健

■アブストラクト

 東日本大震災においては,津波等を原因とする多数の行方不明者が発生した。迅速・適切な被災者支援が急務となり,生命保険においては,行方不明者を被保険者とする死亡保険について,家族の心情への配慮を大前提としたうえで,迅速かつ適切に保険金を支払うことが課題となった。民法の危難失踪宣告や戸籍法の認定死亡等,行方不明と死亡に係る既存の法制度等に基づく対応は困難となっていたが,結局,東日本大震災の行方不明者については,戸籍法86条3項の死亡届の手続が簡易化されるに至り,これに基づいて,多くの保険金支払が実行されている。

■キーワード

 東日本大震災,行方不明者,死亡届

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 43 − 62

東日本大震災における損害保険業界の対応および地震保険制度の仕組みと今後の課題

栗山 泰史

■アブストラクト

 本稿では次の3点について述べる。第一は,東日本大震災における損害保険業界の対応。これは,①相談対応,②損害調査対応,③情報発信の3つの柱からなり,損保業界が示した協調と競争の適切なバランスの重要性を述べる。第二は,日本における地震保険制度の仕組み。制度の変遷を概説した上で,地震保険の特色として政府再保険や長期間での収支バランス等について述べる。第三は,地震保険制度の今後の課題。最も重要な視点として,アベイラビリティとアフォーダビリティの問題を中心に述べる。

■キーワード

 協調と競争,長期間での収支バランス,アベイラビリティとアフォーダビリティ

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 63 − 82

東日本大震災にかかるJA 共済の取組み

―協同組合・共済事業の社会的役割について―

若松 仁嗣

■アブストラクト

 協同組合共済としての目的は,震災に遭われた組合員への補償提供はもとより組合員の生活再興でもあり,共済金支払いのみがその役割でないことが明らかになった。
 このことは,組合員の「助け合い」運動を根底に,全国一律料率・長期共済契約等の特徴を活かしつつ地震災害を主契約に盛り込み,さらにリスク分散・内部留保造成を重ねながら保障内容も高めていくことができた建物更生共済によるところが大きいが,ハードの制度面とソフトの協同組合活動が相まっての結果でもある。
 被災者・被災地域支援は「公」の役割が重要であるが,地域に暮らす組合員や地域住民相互の「助け合い」による『共助』の復興も大切であり,今回の震災は,協同組合が『共助』の役割を果たすことでその存在価値を高めることとなった。
 今後も協同組合・共済事業の役割を発揮していくところである。

■キーワード

 共済事業の役割,助け合い,共助

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 83 − 97

東日本大震災に対する生命保険業界の対応

棚瀬 裕明

■アブストラクト

 昨年3月の東日本大震災は,津波・原発事故も加わり,甚大な被害を広範な地域にもたらした。生命保険業界はこの未曾有の大惨事に対して,「被災された方が一刻も早くご安心いただけるよう最大限の配慮に基づいた対応を行うこと」を基本方針に掲げ,保険金等の迅速な支払いに向け業界一丸となって対応にあたった。
 本稿で説明する一連の取組みの結果,生命保険業界における保険金等の支払い実績は,平成24年8月末時点で支払件数20,754件・支払実績金額1,578億円となり,支払想定額約1,640億円に対し支払率は約96.2%に至っている。
 引続き,お客さまの心情等のご事情に配慮しつつ,最後の一人に至るまで,保険金等の支払いに努めていきたい。

■キーワード

 東日本大震災,生命保険

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 99 − 111

地震保険における国の「公的」役割

―「自助」と「公助」の論理―

大塚 英明

■アブストラクト

 雲仙岳噴火,阪神淡路大震災など比較的最近の巨大災害以降,とくに憲法上の論議として,私的財産への公的補償の根拠が問題としてクローズアップされてきている。原則として,私的財産には自己責任主義が徹底されるから,国がその損害を補償する場面はごく限られている。とくに自然災害による損害の場合,現行憲法には直接的にそれによる個人財産損害の公的補償を基礎づける規定はない。それにもかかわらず被災者救済の見地から,住宅再建などにおいて公的支援を実施しようとするとき,これをどのように根拠づけるか。それが憲法論議の難題の一つとなる。これに対して,地震保険における国の再保険事業については制度創設時から所与の仕組みとして,ある意味で安直に認知されてきた。地震保険が「私保険」として把握されるため,この再保険には「公的」給付としての認識が完全に欠如してきたように思われる。その点を疑問視し,再検討の必要性を提言する。

■キーワード

 公共の福祉,被災者生活再建支援法,地震保険

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 113 − 132

東日本大震災と保険

―料率設定の公平性と保険会社の社会的責任について―

宮地 朋果

■アブストラクト

 東日本大震災後,地震リスクに対する消費者の意識・関心が高まり,地震保険があらためて注目を受けている。しかし,日本において消費者の地震保険に関する知識・理解度は,まだ十分とは言い難い。
 消費者の理解が難しいものの一つに,料率設定に関する公平性の考え方がある。多くの保険商品において,契約者間の公平性を考慮し,リスク細分化を進めることは,保険原理の面からは妥当とされる。しかし地震保険に関する料率設定に関しては,地震保険の持つ社会性・公共性や,日本における自然災害リスクの特徴,日本人の地震保険観,官民役割分担の在り方など,多角的な視点から考察していく必要があるだろう。また,地震保険制度の再構築に際しては,当事者として保険研究者や保険業界のプレゼンスを高めていくことが,結果的に国民の利益にもつながると考える。

■キーワード

 東日本大震災,料率設定,公平性

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 133 − 145

地震保険の意義と役割

―リスクコントロールの観点から―

恩藏 三穂

■アブストラクト

 地震リスクが高まるなか,我が国の地震保険制度への期待はますます大きくなっている。というのも,地震保険は自助の保険でありながら,被災者の生活の安定に寄与することを目的とした公共性の高い保険だからである。その一方で,地震保険制度自体の持続可能性が危ぶまれているのも事実である。
 本論では,リスクコントロールの観点から地震保険制度を見直すことで,あらためて地震保険制度の位置づけと役割について検討する。まず,リスクコントロールによって経済的損失を減らしつつ被災者の生活を安定させるための制度的検討事項を整理し,① PML の抑制,②支払保険金総額の抑制,③地震保険制度の持続可能性と加入者ニーズの最大公約数の追及,について考察した。次に,一災害救済制度である地震保険制度が十分機能するためには,他の制度をうまく活用する必要があるとした。そのためには,官の役割として,耐震診断助成制度や耐震改修促進事業制度等を充実させることが,また,民の役割として,地震保険普及の一環として商品の多様性等の加入者ニーズに応えることが求められる。

■キーワード

 地震保険,リスクコントロール,耐震化促進

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 147 − 161

大震災と保険契約の諸問題

甘利 公人

■アブストラクト

 東日本大震災における各業界の対応について,生命保険および傷害保険ならびに損害保険とに分けて,法律の視点なかんずく保険約款におけるいくつかの問題点を指摘した。
 今回の震災における保険金支払いにおいて,削減払いをしない対応をとったが,その場合の判断基準が明確ではない。生命保険の保険料の支払い猶予については,保険契約者の利益になるが,両刃の剣の面があることも否定できない。死亡保険金受取人の確定については,最高裁判決があり,保険金受取人の確定は困難である。損害保険については,自己申告による保険金支払いや地震免責の解釈問題に課題が残されている旨を指摘した。

■キーワード

 大震災,保険約款,地震免責

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 163 − 175

大阪ガス㈱の地震防災対策

藤田 裕介

■アブストラクト

 大阪ガス㈱の地震予防対策は①予防対策②緊急対策③復旧対策の三本柱からなる。予防対策すなわちすべての設備の耐震性を高くすると地震における被害は極小化できる。しかし,この対策には時間と費用を要するため,現時点で地震が発生すると被害が発生する。ガス事業者のミッションとして,安全・保安を確保する必要があるため,緊急対策として被害甚大地区についてはガスの供給を直ちに停止できるしくみを構築しておく必要がある。ガス事業者のもう1つのミッションである安定供給を図るべく,停止したエリアのガス供給を早期に再開したり,お客様に代替燃料の提供を行なう復旧対策も推進している。
 大阪ガス㈱では,兵庫県南部地震以降,地震対策5カ年計画にて緊急対策を早期に完成させ,以降予防・緊急・復旧対策をバランスよく継続して強化している。

■キーワード

 予防対策,緊急対策,復旧対策

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 201 − 220

損害保険会社における巨大自然災害のリスク管理

永森 満

■アブストラクト

 地球温暖化による気候変動や東日本大震災を受けて,家計部門および企業部門とも,近年,自然災害リスクを保険等により縮小・回避したいとする社会ニーズが高まっている。
 一方,自然災害リスクは保険商品化することが困難な側面を持つことから,リスク管理手法としては,定量的なリスク量(VaR)計測の他,ストレステストとの併用が有効とされており,経営陣主導による厳格なリスク評価と対応策実施が求められている。なお,複雑化する自然災害リスクの評価・管理手法を高度化していくには,今後一層,産官学の連携が必要となろう。
 ERMの観点からも,巨大自然災害をはじめとした「リスク管理態勢の強化」と「リスク対比でのリターン極大化(資本の効率的活用)」の双方を実現し,財務の健全性維持と企業価値の最大化を図ることが,損害保険会社の重要な経営課題となっている。

■キーワード

 VaR,ストレステスト,ERM

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 221 − 240

PWR原子力発電プラントの特徴

―東京電力福島第一原子力発電所事故の観点から―

浜崎 学

■アブストラクト

 東京電力福島第一原子力発電所(沸騰水型軽水炉,BWR)の事故は,東日本大震災による巨大津波という共通原因によって,最終的な熱の逃がし場(ヒートシンク)と安全設備を支える電源系が広範に機能を喪失したこと(クリフエッジ効果)が直接の原因であった。加圧水型軽水炉(PWR)プラントは,蒸気発生器(SG)によって主蒸気系を原子炉冷却系から隔離しているため,同様の津波に襲われて電源を喪失したとしても,放射性物質を含まない蒸気を大気放出することで最終ヒートシンクを確保でき,自然循環によって原子炉を冷却できるという優れた耐性を有する。更に,今回の事故の教訓を反映し,電気設備等の水密化,非常用発電機の高台設置等の津波対策を進めており,格納容器による深層防護の強化も計画している。今後も,世界最高水準に安全性を高めたPWR技術によって低炭素エネルギー源の確保に貢献していく所存である。

■キーワード

 原子力,東京電力福島第一原子力発電所事故,PWR

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 241 − 259

「想定外」を想定する

―リスクと不確実性の経済思想―

酒井 泰弘

■アブストラクト

 「天災は忘れた頃に来る」(寺田寅彦の警告)。人間は災害を何度でも忘れ,愚行を何回でも繰り返す。従来において原発のリスク分析はおおむね低調であったが,フランク・ナイト(1885―1972)のように,「想定外」の事象を積極的に研究する学者も存在した。福島原発事故に関して言えば,ナイトなら地震大国・日本に多数の原発を建設することは,本来計量化できない「不確実性」であると思量したはずである。ところが現実には,「安全神話」に寄りかかり,それを計量可能な「リスク」であると即断してしまったようだ。思うに,今や「新しい総合リスク学」を樹立することが喫緊の課題である。そのためには第一に,社会心理学の成果を取り入れて,「怖いリスク」や「未知のリスク」など,リスクの「質」の違いを考慮しなければならない。第二に,経済物理学の展開に依拠して,(平均や分散などの統計数量が無意味なものとなる)「べき分布」の活用を図らなければならない。

■キーワード

 想定外,大震災,べき乗則

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 261 − 280

「地震・噴火・津波危険車両全損時一時金特約」の開発

信岡 良典

■アブストラクト

 東京海上日動火災保険株式会社では,2012年1月1日以降の保険始期契約から,自動車保険特約の新商品「地震・噴火・津波危険車両全損時一時金特約」を発売した。本特約は,東日本大震災での経験を踏まえ,今後,地震・噴火・津波で被災されたお客様が生活に欠かせない移動手段である自動車をいち早く確保することを目的としている。
 以下,本特約の開発の背景を披露したうえで,開発のコンセプトを示し,検討のポイントおよび「全損」の定義を説明する。そして,その他の約款上の論点,本特約の保険引受について触れたうえで,全体を総括する。

■キーワード

 東日本大震災,地震・噴火・津波危険を補償する保険商品,被災者の移動手段確保に資する保険商品

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 281 − 300

二度のボランティア活動から得たこと

森 寿治

■アブストラクト

 2011年3月11日,世界中を震撼させた大地震が東日本で発生した。これを受け,私は二度ボランティア活動に参加した。一度目は福岡大学派遣隊の一員として岩手県陸前高田市広田町を訪ね,依頼者宅の瓦礫撤去,清掃作業などの活動を行った。二度目はエヌオー出版企画のボランティアの一員として岩手県宮古市川井を訪ね,側溝の泥だし作業,写真洗浄,サロンなどの活動を行った。
 ボランティア活動を通じてまず,一度目と二度目でボランティア参加者数の減少を感じた。そしてボランティア活動をここで締めくくるのではなく,継続的に現地で活動することによって,私たちが決して震災を忘れていないと周囲に伝えることが大事であると感じた。最後に,本論文に目を通して下さった方へ伝えたいことを記した。

■キーワード

 東日本大震災,ボランティア,防災意識

■本 文

『保険学雑誌』第619号 2012年(平成24年)12月 , pp. 301 − 308