保険学雑誌 第596号 2007年(平成19年)3月

問題提起:民間医療保険をめぐる現状認識と構造的特徴

堀田 一吉

■アブストラクト

 今回のシンポジウムでは,近年,社会的注目を浴びている民間医療保険についての現状を分析し,将来に向けての課題を議論する。そこで本稿では,議論の前提として民間医療保険の現状と構造的特徴を整理し,シンポジウムの目的を明示する。医療保険は,伝統的保険とは異なる固有の性質を有しており,その特性を踏まえたリスク管理や商品設計が必要である。規制緩和が進展する中で,現在,夥しい種類の医療保険が各社から販売されているが,その複雑さや多様さのあまりに,消費者選択や販売体制において,一部に混乱する現象が見られている。契約者利益の保護のあり方を考える上でも,保険業界として早急に対処すべき課題は山積している。

■キーワード

 民間医療保険,多様化,消費者保護

■本 文

『保険学雑誌』第596号 2007年(平成19年)3月, pp. 1 − 12

保険医学からみた民間医療保険の課題

小林 三世治

■アブストラクト

 医療保険は,生・死を支払対象とする死亡保険と異なり,支払事由が多岐にわたり多様かつ複雑である。「医療費と入院期間中の所得保障」の性格を併せ持つものの,わが国で最も普及している民間医療保険である疾病入院給付特約保険を例に,保険医学(医的危険選択)の立場から,日本保険医学会誌に掲載された論文を中心に医療保険の課題を検討した。医療保険にも選択効果が認められるが,その特徴は死亡保険と異なっていた。「公平の原則にのっとり,最小限のコストで,安定した危険差益を確保する」といった危険選択の使命を医療保険においても果たしていくために,正確に告知しやすい専用告知書の作成,責任開始期後2年経過した入院は責任開始期以後の原因とみなす約款規定の見直し,給付日額・日数に対する妥当な上限設定,長期保険期間の短縮,健康情報収集手段の上手な組み合わせ,モラルリスクにも留意した的確な引受査定,などの対応が望まれる。

■キーワード

 民間医療保険,保険医学,危険選択

■本 文

『保険学雑誌』第596号 2007年(平成19年)3月, pp. 13 − 32

民間医療保険におけるリスク管理の課題

明田 裕

■アブストラクト

 医療保険を中心とする第三分野の保険は,伝統的な死亡保険とは異なるリスクを有しており,経理面・財務面から見たリスク管理の課題も死亡保険とは異なる。こうした課題は,商品設計・料率設定時の問題と責任準備金の積立などの引受後の事後的な問題の二つに大別でき,それぞれ多岐にわたるが,今般,後者の問題を中心に,金融庁が基本的な考え方を示し,新たな規制を導入した。時宜に適った取組であり,ストレステストの導入などその内容も概ね首肯できるが,標準発生率の早急な作成や責任準備金計算に用いた基礎率の開示など一層の前進を望みたい。

■キーワード

 標準発生率,加入後のモラルハザード,ストレステスト

■本 文

『保険学雑誌』第596号 2007年(平成19年)3月, pp. 33 − 52

医療保険約款における法的問題

甘利 公人

■アブストラクト

 医療保険についての始期前発病の解釈の生保協会のガイドラインは,はたして始期前発病の条項が機能するかどうかはおおいに疑問があるところであり,約款にも書いていない主観的要件をあえて付加して解釈することには,告知義務制度との補完的役割を担う始期前発病条項の効力を減殺しその趣旨を没却するものであって賛成できない。

■キーワード

 医療保険,始期前発病不担保条項,告知義務

■本 文

『保険学雑誌』第596号 2007年(平成19年)3月, pp. 53 − 67

民間医療保険の役割

―日米の比較を通じて―

中浜 隆

■アブストラクト

 日本では,公的医療保険(社会保険)が主流であり,民間医療保険はその補完的役割をおもに果たしている。今後,医療リスクが高くなり,公的医療保険の保障範囲が縮小され,患者の医療費負担が増加するならば,民間医療保険のニーズと役割はいっそう高まるであろう。
 民間医療保険のおもな保障対象は,①公的医療保険における患者の自己負担,②公的医療保険が保障しない医療サービス,③長期入院等による就業不能に対する所得保障,である。そして,民間医療保険の特徴は,①保険期間は長期であること,②現金給付方式が採用されていること,③定額払い方式が採用されていること,である。
 これらの点について,アメリカの民間医療保険(アメリカでは民間医療保険が主流である)と比較し,その状況を考察すると,日本の民間医療保険は今後もこうした特徴を基本的に維持しつつ,その役割を果たしていくことが望ましいと考えられる。
 今後の医療費の動向は,公的医療保険の改革と民間医療保険の役割(公的医療保険と民間医療保険の役割分担)および保険会社の医療保険業務に影響を与える基底的要因になるであろう。

■キーワード

 医療保険,医療費,医療リスク

■本 文

『保険学雑誌』第596号 2007年(平成19年)3月, pp. 69 − 88

損害保険業態の最適資本構成

岩瀬 泰弘

■アブストラクト

 損害保険業態の最適資本構成は如何にあるべきか。資本に関わる利害関係者は,株主,経営陣,従業員,保険契約者,規制当局,格付機関等があり,それぞれその捉え方が異なる。
 本稿では株主価値指標であるEVAが「0(ゼロ)」になるROE から逆説的に最低必要資本を算出する。最低必要資本の分析により,損害保険業態が保険本来の企業価値を創造しているかどうかを考察する。
 損害保険業態は,商品特性(価値転倒財,不確実性の財など),事業特性(より大きい母集団確保の必要性など),および市場特性(独占的競争市場など)が特異であるため,株主価値増大に向けた過度の目標設定は,損害保険経営の安定という観点からは必ずしも賢明な方向性であるとは言い難い。基本はあくまで負債の管理・運用であり,アンダーライティングを中心とするリスクテイクと資本の充実度の関係を管理し,経営の健全性を確保しながら資本効率を高めることにある。

■キーワード

 EVA,ROE,エコノミックキャピタル

■本 文

『保険学雑誌』第596号 2007年(平成19年)3月, pp. 113 − 132

「保険契約法」は商法の特別法か民法の特別法か

―相互保険と営利性の問題を中心として―

村田 敏一

■アブストラクト

 現在,保険契約法の「現代化」へ向けた検討が進行している。今回,相互保険のみならず共済も統一的規律の対象とすべきとの整理に関連し,保険契約法の私法体系に占める位置付け論が活性化する余地があろう。本稿では,従来の議論経緯や新会社法の単行法化の中での会社からの営利性要件の削除といった動向も踏まえ,相互保険の商行為性,相互会社の実質的営利性といった観点を中心に考察を行う。立法論としては相互保険,共済も含め少なくとも実質的には営業的商行為として規律することが妥当であり,これらの統一的規律の必要性のみを背景とする単行法化論は妥当ではない。保険は商法の実質的意義を「企業関係」と「商的色彩」の何れに求めようが,実質的な商法の典型例として規律することが適当であり,さらに形式的意義における商法典の空洞化を回避する観点からは形式的にも商法典中に存置する方向性,すなわち単行法化はこれを行わない事が望まれる。

■キーワード

 保険法の現代化,相互保険・相互会社と商行為性・営利性,保険法単行法化の是非

■本 文

『保険学雑誌』第596号 2007年(平成19年)3月, pp. 133 − 152

中国保険市場:チャンスと挑戦

林宝清,金瑢(訳)

■アブストラクト

 中国の保険業は,1990年代以降の改革開放加速の中で,経済の高成長,保険企業の民営化と保険企業の新設促進,積極的外資の導入によって急成長を遂げているが,一方では,生損保間の不均衡・生損保両分野における商品構成の不均衡,農業保険の不振,専業保険仲介機関の経営不振などの諸問題も表面化している。もっとも,中国の保険業は,保険密度,保険深度の水準からみて発展途上の段階にあり,今後,経済の高度成長の持続,政策面における市場改革の加速化によって,高い成長の潜在力をもっており,中国の保険市場は,内外の保険企業に大きなチャンスを与えている。

■キーワード

 中国保険業,中国保険業の沿革,中国保険業の市場開放

■本 文

『保険学雑誌』第596号 2007年(平成19年)3月, pp. 153 − 168

各国生保の経営環境変化への対応とその有用性

―株式会社化,バンカシュランスと金融コングロマリット等―

松岡 博司

■アブストラクト

 90年代以降の欧米保険業界では,買収競争に乗り遅れまいとする相互会社が株式会社化を実施し,貯蓄商品に適したチャネルとしてバンカシュランスが採用された。バンカシュランスと形態的に重複する金融コングロマリットが保険を含む形で業務のバランスを保ったまま成長することは難しい。

■キーワード

 株式会社化,バンカシュランス,金融コングロマリット

■本 文

『保険学雑誌』第596号 2007年(平成19年)3月, pp. 169 − 188