保険学雑誌 第671号 2025年(令和7年)12月

メタバース(仮想空間)向け生命保険の法的可能性

泉 裕章

■アブストラクト

 本稿は,「アバターの生死に関する保険は,少なくとも保険法の典型契約としては,損害保険契約としてのみ存在し得る」旨を述べる吉澤卓哉教授の先駆的業績を参照しつつも,メタバースの普及・発展を前にして生命保険法学の停滞を招くことのないよう,あえて,原則として同業績と同じ前提に立ったうえで,「メタバース向け生命保険」の法的可能性を追求することを目的とするものである。その結果,本稿は,次のような結論を導き出した。
 すなわち,筆者が考える「メタバース向け生命保険」は,あるメタバース内のアバターがいずれは「死亡」する仕様となっていることを前提に,①わが国の現行保険法に従い,被保険者を自然人としたうえで,当該被保険者の死亡という現行保険法上の保険事故の発生に加え,アバターの「死亡」という付款(不確定期限)が充足されて初めて,保険金受取人に対して死亡保険金が支払われる,という約款を備えた生命保険契約,かつ,②保険期間中に被保険者とアバターの双方が「死亡」した場合に初めて死亡保険金が支払われることとなる一方,それ以外の場合には,満期保険金が支払われることとなる養老保険契約,である(なお,こうした仮説は,期限の到来や期限の利益を重視する度合に応じて,さらに2つの考え方に大別される) 。

■キーワード

アバター,期限,養老保険

■本 文

『保険学雑誌』第671号 2025年(令和7年)12月, pp. 1 − 28

カタストロフィ・ボンドの起源

小川 浩昭

■アブストラクト

 1990年代に「持続可能な開発」という用語が注目され,地球環境問題が大きな問題となるなか,カタストロフィ・リスクに対する保険の限界が露呈した。そのような状況に対して,伝統的保険を補完する ARTが登場し,その債券の形態としてカタスロフィ・ボンドがある。ARTは1990年代にリスクマネジメントのイノベーションとして登場したので,カタストロフィ・ボンドもその一つである。近年では異常気象が毎年のように発生していることから,カタストロフィ・ボンドの発行も多く,「大災害債」という訳語とともに,定着している。リスクマネジメントのイノベーションとして捉えれば,保険の限界を超える高度なリスクファイナンス手段となるが,その本質は債務免除にあり,本質に着目すると現代版冒険貸借といえ,先祖返りが見られる。カタストロフィ・ボンドの本質を債務免除と捉え,その起源を探ることで,債務免除から保険への発展の歴史的意義を明らかにし,先祖返りの意味を問う。通説と異なる債務免除史としての保険史の考察においてはオプションがカギを握り,保険がオプション(原始的海上保険)として登場したとする。

■キーワード

オプション,債務免除,現代版冒険貸借

■本 文

『保険学雑誌』第671号 2025年(令和7年)12月, pp. 29 − 52

英国最新保険判例にみる解釈原則と判例開示

—Carbis Bay Hotel Ltd & Anor v American International Group Ltd [2025] EWHC 1041 (Comm) (09 May 2025)—

森 明

■アブストラクト

 本件は2025年5月9日の英国高等法院商事法廷判例で,最新の COVID-19に因る事業中断保険金請求訴訟である。
 政府は,2020年初頭から COVID-19感染症の感染拡大防止のため,事業所閉鎖と外出禁止の要請等,一連の措置を実施した。原告である保険契約者は,これらの措置の結果,損失を被り,感染症拡張担保条項に基付く保険金請求を試みた。
 この条項は,「政府又は地方自治体の命令,助言,又は協定」に基付く「あらゆるヒト感染症又はヒト伝染病(AIDS 又は AIDS関連疾病を除く) 」による閉鎖を対象とする内容で,約款では「疾病」は列挙された特定疾病を指すとされており,COVID-19感染症は含まれていなかった。裁判所は,同保条項に於ける「疾病」という文言は「これに限定するものである」と不利解釈原則を適用して保険者有利の判断を下した。
 尚,本件の翌月に公開日時指定判決違反事案の判決が言い渡されたので,この判例を含む「適時の判例等情報公開の必要性」につき解説する。

■キーワード

事業中断保険の網状因果律(Business Interruption Insurance / Net of Causation),不利解釈原則(Contra Proferentem Rule),公開日時指定判決(Embargoed Judgment)

■本 文

『保険学雑誌』第671号 2025年(令和7年)12月, pp. 53 − 80

生殖補助医療の保険適用化とアクセスの公平性に関する研究

長澤 昇平

■アブストラクト

 本研究では高度な不妊治療(生殖補助医療)における医療アクセスの格差に焦点を当て,地域的・空間的側面から検証を行うことを主眼とする。これまで生殖補助医療は自由診療であったが,2022年4月から保険適用となり,国民皆保険制度のもとでアクセスの公平性が求められることとなった。そこで,地域的な偏在の有無を確認するため,都道府県別の医療機関数と女性人口の関係を保険適用前後の比較を通じて記述的に分析した。分析の結果,女性人口当たりの医療機関数は,保険適用後に微増していることが確認された。加えて地理情報システム(GIS)を用いた空間分析を行い,保険適用前後の地理的なアクセスの変化を捕捉した。その結果,一部の地域では受診先までに片道2時間以上を要する場合や,地理的に受診しづらい状況が生じている 実情が確認された。今後,診療報酬等を通じた政策的対応などの必要性が考えられることを示した。

■キーワード

生殖補助医療,アクセスの公平性,GIS

■本 文

『保険学雑誌』第671号 2025年(令和7年)12月, pp. 81 − 102