保険学雑誌 第654号 2021年(令和3年)9月

自動車責任保険における故意免責条項と被害者救済

佐野 誠

■アブストラクト

 本稿は,任意自動車責任保険の被保険者の故意による事故においては故意免責条項が適用されることにより自動車事故被害者の救済が行われなくなることに問題意識を持ち,これに対する対応策を検討するものである。
 自賠責保険においては被保険者の故意による事故についても被害者による保険者への直接請求が認められているが,任意自動車保険はあくまで加害者側が契約する保険であることから故意免責条項の適用により被害者救済がなされていない。
 しかし,加害者の悪性が高い場合にはむしろ被害者救済の必要性が高いと思われることから,任意自動車保険においても何らかの対応がなされるべきと考えられる。
 現行の約款においても,故意行為者以外に責任主体が存在する場合など,被害者救済が図られる場合があるが,全ての被害者救済の観点からは,約款上の制度変更が必要とされる。
 具体的には,自賠責方式の採用,故意免責条項の削除,サード・パーティ 型ノーフォルト自動車保険の採用などが考えられる。これらはいずれも不可能ではないが,もっとも実現性が高いのは自賠責方式の採用である。

■キーワード

 自動車責任保険,故意免責条項,被害者救済

■本 文

『保険学雑誌』第654号 2021年(令和3年)9月, pp. 1 − 21

再保険契約の構造とその約款について

—企業保険における約款解釈に関する一事例—

武田 典浩

■アブストラクト

 本稿は,再保険契約におけるFollow the Settlement条項の解釈が問題となった東京地判平成31年1月25日金判1576号20頁の検討を行うものである。 本事件は,これまで我が国においてそれほど議論されてこなかった同条項の解釈を取り上げた点だけではなく,それとともに,企業保険において挿入される約款を解釈する基準を定立する点でも注目に値する。企業保険においては保険両当事者の交渉力・情報に格差はないと想定でき,そのためこれら格差がある者同士で問題となる「約款問題」として解決されるべきではなく, 両当事者が合理的に考えれば理解したと認められる意味に従って約款を解釈することにより,妥当な結論を導き得よう。

■キーワード

 再保険,Follow the Settlement条項,企業保険

■本 文

『保険学雑誌』第654号 2021年(令和3年)9月, pp. 23 − 42

リスクマネジメントと保険のコンピテンシーに対する測定尺度について

南 相旭

■アブストラクト

 新型コロナウイルスの拡散から気候変動や自然大災害などに至るまで,私たちの生活を脅かすリスクが大きく増えている。このように厳しくなるリスク社会で何よりも重要なことは,潜んでいるさまざまなリスクにどのように能動的,かつ,賢明に対応できるかである。そして,その対応の1つがリスクマネジメントと保険のコンピテンシーである。本稿では,このようなリスクマネジメントと保険のコンピテンシーに対する概念定立と計量化して測定できる尺度を開発することを目的とする。このため,まずコンピテンシーに関する既存の研究を考察し,リスクマネジメントと保険のコンピテンシーの概念化を試みた。それから韓国の保険学者とリスクマネジメント学者をパネラーとしたデルファイ(Delphi survey)調査と一般人を対象に下調べを通じてリスクマネジメントと保険のコンピテンシーの構成要素を抽出し,最終的に69の測定項目を選定した。

■キーワード

 コンピテンシー,保険リテラシー,保険教育

■本 文

『保険学雑誌』第654号 2021年(令和3年)9月, pp. 43 − 63

保険契約における免責条項の意義

—海上保険を題材とする問題提起—

中出 哲

■アブストラクト

 保険契約の免責条項とは何かという素朴な問いが本論文の出発点である。多様な危険を対象とする国際的な海上保険を題材として検討すると,免責条項の性格も種々で,それらを一律に扱うことは相当ではないこと,しかし,それらの条項は,いずれも,保険料と対価関係にある補償範囲を限定するために一定事象を対象外とする点で共通すること,原因免責は,因果関係の範囲と一体に理解する必要があること,免責条項の不当性は,免責とする目的の相当性や文言の明確性をもとに判定する必要があることなどが導かれ,それぞれ更なる研究が必要である。

■キーワード

 免責,イギリス海上保険法,因果関係

■本 文

『保険学雑誌』第654号 2021年(令和3年)9月, pp. 65 − 85