保険学雑誌 第628号 2015年(平成27年)3月

保険ITの現状と動向

尾籠 裕之

■アブストラクト

 保険IT の主軸が基幹システムから顧客接点システムに移ってきている。その原因はネット化の進展と顧客の保険情報量の増大である。この傾向は今後も衰えることはないので,保険ITの基軸が顧客接点システムに移ることは確実である。この結果,顧客接点活動の価値が高まり,顧客接点で活用する情報の価値も高まっている。
 ITは今まで,営業第一線から離れた内務事務を支援していたが,いよいよ営業現場を直接支援する役割を担うことになってきた。そのための大前提として,基幹システムによる事務プロセスの大幅短縮化を基幹システムの再構築で実現し,顧客接点システムを担う人材の育成も経験してきた。
 今後は,ますます顧客接点での業務が増加する。そのための課題は,人材育成,顧客接点情報の蓄積・活用,さらに情報の管理責任者や管理基準,社会システムとのリンク等多岐にわたる。保険IT は新たな段階に入った。

■キーワード

 顧客接点活動,顧客情報,ネット化の広がり

■本 文

『保険学雑誌』第628号 2015年(平成27年)3月 , pp. 5 − 15

顧客接点の革新

―モバイル技術を活用した「次世代モデル」の推進―

宇野 直樹

■アブストラクト

 損害保険会社は,毎年数千万件の契約を更新していることから,契約事務の精度向上・事務ロード削減が課題であることは勿論,契約者の事故対応,引受リスク量の把握のために,契約情報を保険会社が早期に把握することも課題であった。
 東京海上グループはこの課題を解決するために,顧客接点で取引が即時完結する,モバイル技術を使った新たなビジネスプロセス「次世代モデル」を開発した。次世代モデルでは,加入している保険契約を一覧できる「ご加入一覧」や,ペーパーレスの保険契約手続き等のモバイルならではのアプリを提供し,利用実績も上がっている。今後とも,モバイル技術の進展に沿った新たな開発手法・開発技術を習得した開発人材の育成を図り,顧客接点を革新し続けることに取り組んで行くことが必要と考えている。その際,今後保険需要が高まるエマージングカントリーへの展開も視野に入れ取り組んで行くことが重要である。

■キーワード

 モバイル技術,顧客接点の革新,即時完結処理

■本 文

『保険学雑誌』第628号 2015年(平成27年)3月 , pp. 17 − 28

長期に渡る顧客への保障責任を全うし多様化するニーズに対応する生命保険のITインフラ

長崎 豊

■アブストラクト

 長期に渡る顧客への保障責任を全うするため,生命保険のITインフラにおいては,これまで上位互換性に優れるメインフレーム上の契約管理等のシステムが中心であった。
 本論文では,顧客ニーズ多様化への対応として近年実施された①マルチチャネル化に対応したオープンスタンダード準拠のインフラ構築②個人保険商品体系の刷新と契約管理システムの再構築③業務プロセス刷新のための顧客接点向けインフラ構築,を取り上げる。
 次いで,今後の方向性として現在の情報技術において関心を集めている①スマートデバイス②ウェアラブルデバイス③ビッグデータ,の生命保険での適用可能性について触れる。

■キーワード

 オープンスタンダード,契約管理システム,顧客接点インフラ

■本 文

『保険学雑誌』第628号 2015年(平成27年)3月 , pp. 29 − 37

IT関連業務プロセスの進化と保険事業をめぐる企業倫理上の課題

中林 真理子

■アブストラクト

 過去10年での保険会社のIT関連業務の変化とそれに伴う保険会社の業務の変化に伴い,新たに出現,または深刻化した企業倫理上の課題に着目し,特に問題が深刻と考えられる保険会社の募集業務に起因する企業倫理上の課題を確認し,対応策について検討することが本稿の目的である。
 情報倫理に関する課題は保険会社の企業倫理上の課題であり,単なる法令遵守を超えた倫理的レベルの対応が必要となる。具体例として,販売従事者の保険契約締結時の説明をめぐる問題と,IT技術の進化に伴う実務の変化と高齢者対応の在り方を取り上げ,IT技術の進歩と一般的な契約者の対応レベルのギャップを埋めるようなきめ細やかな倫理的レベルの対応が必要であることを指摘した。
 さらに,今後も技術革新に法的規制が追いつかず,最終的な意思決定は組織内の各個人の倫理に委ねられる状況がさらに増加することが想定されるため,企業行動倫理学の成果を取り入れ,全方向に感度がある無指向性タイプのアンテナを持って対応可能なより実効性のある「企業倫理の制度化」が必要となることを示した。

■キーワード

 企業倫理,情報倫理,企業倫理の制度化

■本 文

『保険学雑誌』第628号 2015年(平成27年)3月 , pp. 39 − 49

保険事業のシステム化に伴う顧客情報の利活用と個人情報保護のあり方に係る法的課題

肥塚 肇雄

■アブストラクト

 情報通信技術が飛躍的に進展し企業や公官庁はビッグデータを利活用してイノベーションを創出する機会がもたらされるようになった。保険事業のシステム化に伴う保険会社側の顧客情報の利活用もその例外ではない。このような状況は個人情報保護法の想定を超えており同法は個人情報の利活用の障壁となっている状況が生まれている。
 そこで,同法の改正が現在議論の的となっている。検討されていることの一つは,個人情報の加工によって個人情報の利活用を促進することである。しかし法令により画一的かつ包括的に個人情報の利活用に対し規制することは,個人情報の多様性に鑑みると馴染まない。
 むしろ各業種・業態または各領域・分野ごとに,個人情報の利活用に対する民間の自主的規制ルール等を策定することが妥当である。生損保業界においても同様に自主的規制ルール等を策定すべきと思われる。

■キーワード

 個人情報,ビッグデータ,情報の加工

■本 文

『保険学雑誌』第628号 2015年(平成27年)3月 , pp. 51 − 70

生命保険会社の経営破綻誘発効果の定量分析

王 美

■アブストラクト

 日本で起きたバブルとその清算過程において生命保険会社7社が連続して経営破綻した。この経営破綻に至るプロセスや要因については,多くの研究があるものの,複数の要因が存在する。主として定性的な判断によりその主因は,高い予定利率の設定,一時払い保険の大量販売,そして解約の急増とされることが多い。ただ,各要素のインパクトの大きさは明確ではなく,やや思い込みの部分やALM運用などの有無により結果が異なる状況が存在する。
 そこで,本稿では,バブル醸成からバブル崩壊までの金利の動きを想定できる理論モデルを作成することにより,高予定利率の保険や一時払いの保険が経営破綻に与える影響等を検証する。
 まず,景気循環を想定した一般的な経済局面では,負債に合わせた債券運用と毎年配当の留保(最終配当方式の採用)を行えば,年払いの養老保険と比較して一時払いの養老保険のリスクはさほど高くない。また,低位の金利局面から金利のピーク,そして,金利の急速な低下と長期の低金利局面というバブル期とその後の清算局面では,「大量」の一時払いの販売がバブル期には大きな損失を誘発するものの,経営破綻が表面化するバブル清算期では逆に収益を安定させる方に働くことが判明した。

■キーワード

 生命保険会社の経営破綻,一時払い養老保険,解約率

■本 文

『保険学雑誌』第628号 2015年(平成27年)3月 , pp. 97 − 116

大航海時代におけるポルトガルの海上保険の活用状況

―特にインド航路について―

若土 正史

■アブストラクト

 欧州における地中海・バルト海・北海を結ぶ海運交通では,14世紀後半から既に海上保険制度が普及し,海上リスク対策の一手段として海運関係者に広く利用されていた。
 1498年ポルトガルはインド航路を開設し,同国の基幹航路となった。本稿はポルトガルと日本の交易に関して,隣国スペインのブルゴスに残る当時の契約史料と同航路の海難事故事例を分析し,この航路における海上保険の活用状況に関し一次史料と先行研究の二次資料とを使って検証したものである。
 その結果,「『大数の法則』に見合う引受件数の確保」と「一定水準で安定した損害率」という要件が十分にカバーされなかったため,ポルトガルはインド航路では海上保険は積極的に利用していなかった,という結論を得た。

■キーワード

 海上危険,ブルゴス条例(Ordenanzas de Burgos),インド航路(Carreira da India)

■本 文

『保険学雑誌』第628号 2015年(平成27年)3月 , pp. 117 − 137

日本生命の戦後の相互会社化

―藤本談話のオーラルヒストリー分析を中心に―

黒木 達雄

■アブストラクト

 第二次世界大戦終戦後の財務危機に瀕した生保各社の経営再建が金融機関再建整備法によって進もうとしていた矢先,日本生命が突如として金融機関再建整備法によらない相互会社形態の第二会社設立に踏み切った。これが13社の一挙相互会社化という世界の保険業史上稀にみる現象の発端となったわけだが,本稿では日本生命が相互会社化に踏み切った理由の解明を試みた。
 相互会社化に関しGHQとの交渉役を務めた藤本正雄の談話記録が明かすその理由とは,経営再建を賭けた小口契約切換え運動の成功には第二会社の早期設立が必須だったこと,弘世家の社長承継を公職追放令や労働組合の影響下実現するには相互会社形態の第二会社設立が最も有効だったこと,であった。
 相互会社化の解明は,今後,戦後の相互会社経営をめぐる従来の学説にも一石を投じることとなろう。

■キーワード

 相互会社化,日本生命,藤本正雄

■本 文

『保険学雑誌』第628号 2015年(平成27年)3月 , pp. 139 − 157