保険学雑誌 第627号 2014年(平成26年)12月

大成火災破綻前史

―破綻への途から外れる機会はなかったのか―

吉澤 卓哉

■アブストラクト

 大成火災破綻(2001年)の原因は,ある再保険プールを介した海外再保険取引にあると言われている。この海外再保険取引は永年に亘るものであるが,大成火災が原告となった米国税務訴訟の判決(1995年)で当時の当該海外再保険取引の実態を窺うことができる。他方,破綻時の取引実態は,大成火災役員や当該再保険プールのマネジング・エージェントの関係者に対する損害賠償請求訴訟や仲裁の資料から窺うことができる。本稿は,両取引実態を分析したうえで比較することによって,米国税務訴訟判決時点において,既に大成火災破綻へと繋がる取引実態となっていたこと,したがって当該時点で破綻への途から外れることができた可能性があることを明らかにするものである。

■キーワード

 大成火災,再保険,マネジング・エージェント

■本 文

『保険学雑誌』第627号 2014年(平成26年)12月, pp. 1 − 30

企業年金ガバナンスの構造分析とレベル比較

丸山 高行

■アブストラクト

 AIJ事件を受け,企業年金ガバナンスへの関心が従来以上に高まっている状況をふまえ,本論文は,企業年金ガバナンスの定義と基本構造を明らかにした上で,①わが国の企業年金ガバナンスの実態はどのようになっているか,②厚生年金基金,確定給付企業年金の基金型,同規約型という3つの制度間でガバナンスの内容に違いはないか,③総合的なガバナンスの進展度合いを示す指標等を用いて比較分析はできないか,という3点について,独自の見解を示すことを目的とする。
 企業年金ガバナンスの現状分析にあたっては,今回,特別に実施したアンケート調査を活用する。また,アンケートの結果を基に,ガバナンス・レベルのスコアリング化と,スコアを利用した「総合ガバナンス・インデックス」の作成を試みる。さらに,主成分分析を実行して,総合ガバナンス・インデックスの指標としての妥当性をチェックした上で,インデックスを活用して,企業年金ガバナンスに関する各種特性分析を行う。

■キーワード

 企業年金ガバナンス,総合ガバナンス・インデックス,主成分分析

■本 文

『保険学雑誌』第627号 2014年(平成26年)12月, pp. 31 − 61

米国の団体生命保険

―米国中間層の重要な死亡保障獲得手段―

松岡 博司

■アブストラクト

 1911年の第一号契約以降,100年を越える歴史を有する米国の団体生命保険は,企業が提供する福利厚生の重要な一項目として扱われたこともあり,第二次世界大戦後,大きく発展してきた。そのため,個人生命保険が死亡保障獲得の主たる手段である日本とは異なり,米国では団体生命保険が,中間層の人々が死亡保障を獲得する上での有力手段となっている。近年,金融危機後の景気後退による企業業績や雇用環境の悪化を受けて保有契約高が縮小するなど,米国の団体生命保険は厳しい状況にあったが,米国経済の持ち直しとともに再び安定的な業績に回帰することと考えられる。しかし大企業および中堅企業マーケットの飽和に伴う小企業マーケットへの進出と競争激化,全般的な価格競争等の厳しい状況は今後も継続すると考えられる。米国生保市場では,従業員が保険料の全額または大部分を負担する任意加入型の団体保険が注目を浴びており,今後の成長が期待されている。

■キーワード

 米国生保事情,団体生命保険,ワークサイトマーケティング

■本 文

『保険学雑誌』第627号 2014年(平成26年)12月, pp. 63 − 83

米国海上保険法の構造的問題

―連邦法と州法の交錯―

新谷 哲之介

■アブストラクト

 米国は複雑な法規整や独特の訴訟慣行があり,海上保険法もその環境下にある。本稿は,米国海上保険法が内包する問題として,海上保険契約に係わる適用法選択をめぐる問題を取り上げる。今までこの問題については,英米法の一般的特徴として,問題の源となった判例やその後の判例法の形成が重視され,研究の対象となっているが,本稿では実体法の形成よりも,米国法独特の構造面と海上保険法のフレームワークに着目をして問題を構成している要素を解明していきたい。

■キーワード

 米国,海上保険法,連邦海事法

■本 文

『保険学雑誌』第627号 2014年(平成26年)12月, pp. 85 − 105

わが国における農業収入保険をめぐる状況

―アメリカの収入保険AGRを手がかりとして―

吉井 邦恒

■アブストラクト

 2014年度から,わが国においても農業収入保険の導入に向けての調査・検討が開始されたが,現在のところ,その仕組みについては,「農業経営全体に着目し価格低下を含めた収入減少を補てんする制度」という情報しか提示されていない。本稿では,アメリカのAGR(Adjusted Gross Revenue)と同様の仕組みを前提として経営単位収入保険を実施する場合の留意点等を整理した。新たな収入保険には,金額ベースで収入を把握することにより,収穫量や平均市場価格では十分に評価されない高品質・高価格の農産物に対して,充実した収入保証を比較的安い保険料で提供できるというメリットがあると考えられる。一方,制度設計に当たっては,圃場に収穫物がない状況で保険対象リスクによる農業収入の減少額を青色申告書とその裏付け書類によって確認しなければならないため,損害評価の事務負担が大きくなること,意欲ある担い手が大幅な規模拡大や経営転換を図る場合の基準収入額の設定方法に工夫が必要であること等の課題について対応する必要がある。

■キーワード

 農業収入保険,経営単位,AGR(Adjusted Gross Revenue)

■本 文

『保険学雑誌』第627号 2014年(平成26年)12月, pp. 107 − 127

学生の疾病・傷害の保障に関する考察

―実務者からみる現行制度の現状と課題―

藤本 昌

■アブストラクト

 わが国では,学生を取り巻くリスクに起因する疾病・傷害がもたらす結果に対して,現行の共済・保険(以下,保障制度)が十分に機能していない。なぜなら,現行の保障制度は公的医療保険を補う制度として十分に普及していないと推定できる上,現在の学生の生活実態に保障内容が見合っていないからである。
 現在の学生の休学・退学の原因となる身体疾患・精神障害の状況の把握を糸口に,学生生活の維持・充実を妨げる①死亡,②後遺障害,③入院・手術,④通院の実態をみる。それらを踏まえ,国内における日常生活に範囲に限定して現行制度の対応状況をみる。
 以上を確認した上で,現行制度の課題を明確にして将来へ向けた改善点を明示する。共済団体・保険会社がそれらをヒントに制度(商品)開発すれば,現在の学生の生活実態に見合う保障制度への発展を期待できる。

■キーワード

 学生の疾病・傷害,学生の保障制度,大学生協共済

■本 文

『保険学雑誌』第627号 2014年(平成26年)12月, pp. 129 − 148

実務家が行う大学の損害保険連続講座に関する考察

竹井 直樹

■アブストラクト

 実務家が大学の連続講座の講師を務める例が散見される。損保協会でも,損保協会職員が講師を務め,全国の15の大学において「損害保険論」等の講座名で連続講座を実施している。大学で行う損害保険連続講座は,消費者教育という面はあるが,保険教育の前提となるリスク教育も施す必要があり,また,損害保険で補償するリスクが多種多様なため,保険教育を通じて社会の仕組みを学ぶという面もある。
 保険は専門性が高く,複雑であるから,もともと取っ付きにくいといわれている。であれば,大学の連続講座を活用し,実務家が実務を紹介しながら,理論も織り交ぜて体系的に保険教育を行う意義は大いにあるのではないか。すなわち,損害保険が持っている領域の広さとリスクとの親近性,および学生が持っている純粋さ,柔軟性,吸収力の高さ,さらには大学の連続講座が持っているPDCAサイクルを活用した教育効果などを存分に生かして,損害保険やリスク,さらには社会の仕組みの一端を学ぶ格好の実学講座を構築できるのではないかと思う。
 実務家が行う大学の損害保険連続講座の業界的,社会的意義を問い直し,新たな価値創造へ結びつけるべきである。

■キーワード

 実務家大学講座,損害保険教育,損保協会

■本 文

『保険学雑誌』第627号 2014年(平成26年)12月, pp. 149 − 163