保険学雑誌 第616号 2012年(平成24年)3月

損害保険会社の海外事業展開

野村 秀明

■アブストラクト

 損害保険会社の海外進出の目的は,1980年代頃迄は,海外進出した日系企業の現地でのリスクを引受けることであった。その後アジア等新興国の経済成長に伴って,ローカル市場も魅力的になってきたことから,1990年代頃から損保各社は,現地企業及び個人のリスク引受も行うようになってきた。更に2000年代以降は,M & A も活用してより本格的にローカル市場に参入するようになってきている。
 こうした海外事業展開は,成長市場への布石,収入保険料及び利益への寄与,収益性の向上等を目指したものであり,ポートフォリオ分散による安定化といった効果も現れてきている。一方,現地の規制・文化に合わせた商品開発やマーケティング,リスク管理・ガバナンス態勢の強化,国内外の人材の有効活用といった課題も生じてきている。
 日本の損保市場拡大が見込みにくい一方,新興国等では市場拡大及び収益性が見込めることから,損保会社は様々な課題に取り組みながら,今後益々活発に海外展開を進めていくのではないかと考えられる。

■キーワード

 新興国の経済成長,M & A,ローカル市場

■本 文

『保険学雑誌』第616号 2012年(平成24年)3月, pp. 5 − 22

アジアにおける生命保険事業展開

谷口 哲也

■アブストラクト

 日本の生保は,少子高齢化の進展による死亡保障の市場規模縮小の中で,国内市場における持続的な成長への取組を続けながら,生保事業の海外展開を模索し,さらなる収益力向上に向けた動きを見せている。展開先としては,人口,経済成長性,保険普及度に着目すると,アジア地域の潜在的な成長性の高さが注目される。しかし,こうした地域の市場規模はまだ小さいため,成熟市場の収益性とのバランスを取りながら海外展開を図る必要がある。
 海外展開を図る際には,こうした成長性・収益性といった「事業」としての側面のほか,「生命保険」の本来的な社会的意義という側面にも目を向けたい。現在のアジア諸国は貯蓄性商品が中心だが,日本の生命保険市場の発展経緯を振り返ると経済成長とともに段階的に保障機能が充実してきている。各国の状況を見極め,日本の生保はその強みを活用し,アジア各国の生命保険市場の発展と社会基盤整備に貢献することができると考える。

■キーワード

 海外保険事業展開,成長戦略,生命保険の社会的意義

■本 文

『保険学雑誌』第616号 2012年(平成24年)3月, pp. 23 − 40

中国保険市場の現状と外資保険戦略の課題

沙 銀華

■アブストラクト

 中国では民間の保険事業は1980年代後半に再開されてから急速に成長し,2011年現在も成長を続けている。2010年の国際的なデータを見ると,中国は,収入保険料ベースで,世界6位(2005年は11位)生保は5位(2005年は8位),損保は7位(2005年は12位)に位置している。
 2010年末時点での外資系生保会社の収入保険料は591.5億元で市場全体の5.6%に留まっており,外資系損保会社の収入保険料も42.8億元で,市場全体の1.1%と足踏みの状態が続いている。
 高成長を続ける中国保険市場の発展にはまだ大きな潜在力があり,GDPの高成長という基盤の上に,これから更に成長していくことが期待できるが,外資保険が国際戦略を展開する際に直面する課題も少なくない。

■キーワード

 中国保険市場,外資系保険会社,人材戦略

■本 文

『保険学雑誌』第616号 2012年(平成24年)3月, pp. 41 − 49

日中および相互・株式会社間の効率性比較からみた相互会社の国際化の評価

久保 英也

■アブストラクト

 日本の保険会社は停滞する自国市場に危機感を感じ,海外での保険の引き受けを企図している。それを読み解くポイントを相互会社の海外進出と海外市場で戦える効率性の有無とに置き,分析を進めた。
 その結果,①金太郎飴のような国内戦略に対し海外戦略には独自性があり,海外の常識が日本の本社にも流入し,グローバルな経営力を有する保険会社が誕生する期待がある。②「相互牽制」は世の中の摂理であり,株式会社と相互会社の並存が互いに刺激し合い,牽制しあい,生命保険業界の健全な発展に寄与する。また,日本では相互会社の効率性が株式会社より高い。③中国を例に確率的フロンティア生産関数で算出した保険会社の効率性は日本の保険会社に優位性がある。
 一方で,日本の保険会社の海外進出における最重要課題は,現地化を推進できる人材の「質」と「量」の確保である。多くの中国の留学生を抱える日本の大学と保険業界の協業を本気で考える時期にある。

■キーワード

 グローバル化,確率的フロンティア生産関数,相互会社の効率性

■本 文

『保険学雑誌』第616号 2012年(平成24年)3月, pp. 51 − 69

損害賠償請求ベース約款におけるテールカバー・遡及カバーのあり方

鴻上 喜芳

■アブストラクト

 本稿では,賠償責任保険の分野に比較的新しく登場した損害賠償請求ベース約款のテールカバーと遡及カバーに焦点をあて,他社切替えの場合や損害事故ベース約款からの移行・損害事故ベース約款への移行の場合における保険接続上の問題を検証し,その上で望ましい対応方法を考察する。接続上の問題が生じないようにするためには,個別アンダーライティングにより引受けを行う主に大企業物件においては,後続会社のきめ細かい対応が必要であるし,損害賠償請求ベース約款と損害事故ベース約款が混在しかつ定型的な引受けが多い種目では,事前にロングテールを提供するよう制度改定がなされることが望ましい。その際,各社個別の対応ではなく,約款・規定を標準化しての対応が望まれる。

■キーワード

 賠償責任保険,クレームズメイド,テールカバー

■本 文

『保険学雑誌』第616号 2012年(平成24年)3月, pp. 91 − 110

ヨーロッパ保険契約法原則(PEICL)の生成と展開

久保 寛展

■アブストラクト

 本稿は,ヨーロッパ保険契約法原則(PEICL)を取り上げ,その生成過程と具体的内容に関する展開部分を考察する。もともと保険契約法は,EUの各加盟国において制定されているが,一般契約法と異なり,保険契約者等の保護のために強行法規定を設けている場合が多い。そのために,EU加盟国における保険契約法の調整は,抵触法上の問題を含めて非常に困難になることが予想されるが,その予想に反して,近年ヨーロッパ保険契約法プロジェクト・グループによりPEICLが策定された。この成果は,いわばヨーロッパの保険法研究者の英知の結晶であり,その意味ではヨーロッパの各保険契約法の考察に際してPEICLの参照は避けられない。ここにPEICLを検討する本稿の意義がある。たしかにArmbruster教授の指摘のように,撤回期間を定めるPEICL第2:302条は解釈上不要であるなど,問題点は残されているが,全体としては今後のEU の保険契約法に多大な影響を及ぼすことがあることを指摘して結論とする。

■キーワード

 保険契約法,ヨーロッパ保険契約法原則,PEICL

■本 文

『保険学雑誌』第616号 2012年(平成24年)3月, pp. 111 − 130

企業年金を取り巻くリスクとその管理政策

高崎 亨

■アブストラクト

 本稿は,酒販組合年金事件を素材に,企業年金のリスク管理について,その問題点と規制の必要性を論じたものである。
 検討素材として,東京地判平成19年9月28日判タ1288号298頁(酒販組合年金事件)をとりあげ,根拠法のない企業年金はどのようなリスクにさらされているか,を確認した。一般的には,積立不足等の財政リスクが論じられるが,本件の検討を通じて,財政リスクの損失を消却するためのハイリスクな投資を受容したり,管理者の思惑によって解散すべき年金を継続して損失を大きくしたりという,いわゆる受託者リスクの管理が必要なのではないかとの示唆を得た。
 企業年金を老後の生活保障の柱として位置付けるならば,企業年金は公共性を帯びる。この公共性を維持するための公的規制も必要とされる。実効性ある公的規制を行うために,リスク管理手法を応用した規制政策が求められよう。

■キーワード

 企業年金,保険規制,リスク管理

■本 文

『保険学雑誌』第616号 2012年(平成24年)3月, pp. 131 − 144

精神障害(うつ病)による自殺と保険者免責

長谷川 仁彦

■アブストラクト

 保険法・保険約款で免責とされる「自殺」は,被保険者が故意に自己の生命を断ち死亡の結果を生ぜしめる行為であり,死亡者の自由な意思決定に基づきその者の身体動作により死亡の結果を来たすべきときを指すとされる。一方,精神病その他の精神障碍中または心身喪失中の行為による自殺は「自由な意思決定能力」を欠いたものであり免責事由には該当しないとするのが通説・判例である。
 近時,自殺者のうち概ね1/3に当たる約1万人が精神疾患を原因によるものとされ,それらを原因とする自殺が全て意思決定能力を喪失ないし減弱したうえでの自殺とはいえない。しかし,精神疾患の一つであるうつ病によって行為選択能力が相当制限されたうえでの自殺は「自由な意思決定」を欠いていることになるので,免責となる「自殺」にはあたらないと考えられる。

■キーワード

 自殺,自由な意思決定能力,うつ病等精神疾患

■本 文

『保険学雑誌』第616号 2012年(平成24年)3月, pp. 145 − 164

子供をとりまく社会の変化とPTA安全補償制度の盲点

―『新・教育基本法』からみた実態に合った商品開発を中心として―

早川 淑人

■アブストラクト

 PTA団体では安全補償制度として各種保険を採用しているが,社会環境の変化と活動の多様化から,活動の実態から乖離した補償内容になりつつある。特に,法律と保険約款における「学校管理下」の解釈の相違,授業補助や少子化による他社会教育団体と連携するPTA活動では,保険金・給付金支払いの可否が問題になることがある。本稿では,PTA活動の現状を調査分析し,『新・教育基本法』の観点から必要とされる補償内容が実際に商品化されるまでの安全補償制度上の諸問題を考察し,①団体活動上は,活動方法が社会の流れとともに変化する点,②補償上は,保険商品が作られた当時とは社会背景が異なっている点,③安全補償制度上は,学事歴と保険始期が一致しないなどの運営上の問題点があると指摘した。これらは子どもの成長過程に応じた教育課程単位でのPTA専用商品の開発や,社団法人日本PTA全国協議会などの全国組織を契約者にすることで一定の解決が図られると思われる。

■キーワード

 PTA,独立行政法人日本スポーツ振興センター法,ワーク・ライフバランス

■本 文

『保険学雑誌』第616号 2012年(平成24年)3月, pp. 165 − 184

D&O保険の免責条項に関する検討

内藤 和美

■アブストラクト

 本稿は,D&O保険の免責条項に関して,とりわけ故意免責との関係など議論となることが多い,「法令に違反することを被保険者が認識しながら行った行為に起因する損害賠償請求」を免責事由とする規定(法令違反行為免責条項という。)に焦点を当てて,その規定の性質,適用範囲および今後の課題について検討している。法令違反行為免責条項は,米国のいわゆる不誠実免責条項をその前身とするが,認識ある法令違反について保険者免責とする現行の規定振りは,ドイツの故意除外条項の「認識ある義務違反」という危険事実について除外する旨の規定に近いといえる。したがって,理論的には,ドイツの故意除外条項に関する学説および判例の状況を参照して,法令違反行為免責条項は,故意免責の特別な(制限的な)形式であるということができるだろう。

■キーワード

 D&O保険,免責条項,故意免責

■本 文

『保険学雑誌』第616号 2012年(平成24年)3月, pp. 185 − 204