保険学雑誌 第612号 2011年(平成23年)3月

【大会記念講演】保険学会から見た隣接学会の動向

―リスク,保険,経済,近江商人をキーワードにして―

酒井 泰弘

■アブストラクト

 本稿の目的は,日本リスク研究学会・日本地域学会・生活経済学会など,日本保険学会の隣接学会の動向について,私見を開陳することである。
 リスクの経済思想と背景事情に関しては,私は五つの時代区分を提案したい。即ち,未明期(~1700年),始動期(1700~1940年),発展期(1940~1970年),成熟期(1970~2000年),及び再生期(2000年~)の五つである。
 同時多発テロとリーマン・ショックを論じるさいに,最も深刻に感じることがある。それは,経済学や経済学者の実用価値自体が今や問われている,ということだ。21世紀を迎えて,「新世紀に相応しい新経済学」の創造こそが喫緊の課題といえる。そのためには,勤勉実直な近江商人から学ぶことが多い。世界的な危機の時代の中から,新しいリスク学や保険学が生まれることを期待している。

■キーワード

 保険学,リスク学,近江商人

■本 文

『保険学雑誌』第612号 2011年(平成23年)3月 , pp. 1 − 20

保険金受取人変更の方式に関する立法論的考察

上原 純

■アブストラクト

 本稿は,生命保険における保険金受取人変更の意思表示を要式行為とする立法の可能性について考察を試みるものである。その前提となる現況として,保険金受取人変更の効力要件について規定する保険法43条2項の立法の経緯や,比較法的状況に言及しつつ,本稿では,基本法である民法の理論を検討することを研究の主眼とする。すなわち,民法に規定される諸行為の中から,一定の方式が要求されるものとして,「遺言」と「第三者対抗要件」の規定を取り上げ,その方式の意義について考察する。そして,「表意者死亡後に権利の確定する単独行為」という遺言との共通性や,「紛争解決機能への配慮の必要性」という指名債権譲渡の第三者対抗要件規定との共通性から,保険法43条2項における保険金受取人変更が,何らかの要式行為とされるべきではないか,との立法論の可能性を示す。

■キーワード

 保険法,保険金受取人,要式行為

■本 文

『保険学雑誌』第612号 2011年(平成23年)3月 , pp. 21 − 50

損害保険販売責任の法構造

大塚 英明

■アブストラクト

 代理店チャネルの損害保険販売において,保険契約者に対する民事責任はどうあるべきか。それはおよそ次の4類型に分けられるのではないか。A類型:業法300条1項の説明義務違反をベースとし代理店に民法709条責任を負わせ,保険会社に業法283条の責任を負わせるパターン,B類型:信義則に基づく顧客保護義務違反をベースとし,代理店にのみ損害賠償責任を負わせるパターン,C類型:いわゆる「助言義務」違反をベースに,やはり代理店に損害賠償責任を負わせるパターン,そしてD類型:製販分離を前提に,保険会社に製造物責任的な構造の損害賠償責任を負わせるパターンである。AおよびB類型についてはすでに判決が存在し,比較的分析がし易いが,CおよびDの類型についてはこれまで必ずしも十分な法的位置づけが行われてはいないように思われる。したがって,本稿はあくまで試論にとどまる。

■キーワード

 損保販売の民事責任,製販分離,説明義務と助言義務

■本 文

『保険学雑誌』第612号 2011年(平成23年)3月 , pp. 55 − 71

生命保険商品の比較について

樫原 英男

■アブストラクト

 生命保険商品を選択する際の比較情報は,一般的な商品選択の場合と同様,消費者にとって重要かつ必要である。ただし,消費者ニーズが高い生前給付型商品は,負担可能な保険料水準を設定するために細かな支払事由が設けられるなど,旧来の死亡保障型商品と比して複雑なものとなっており,生命保険商品における比較を困難にする一因となっている。
 この課題を解決する方策として,比較のし易さを優先すべく,商品を極力シンプル化するという考え方もあるが,その結果,実際に消費者の役に立っている保険商品の保障範囲を狭めることになれば,それは本末転倒である。また,不適切な比較表示により商品選択を誤ってしまった場合の再加入困難性といった生命保険商品の特性を踏まえると,保険会社は,シンプルかつ充実した保障内容を実現した商品を提供し,適切な情報に基づく商品選択が可能な環境構築に取り組むことが重要である。

■キーワード

 複雑性,生前給付型商品,再加入困難性

■本 文

『保険学雑誌』第612号 2011年(平成23年)3月 , pp. 73 − 86

生命保険の比較購買の推進について

亀甲 美智博

■アブストラクト

 不動産の次に高い買物といわれている生命保険の比較購買はほとんど行われていない。保険自由化以降,保険商品の種類と情報量は増えており,消費者が自己責任で生命保険商品選定をすることは現実的ではない。保険料,解約返戻率などのデータベース化と条件検索による商品ランキングなどの情報開示をするツールが必要である。とはいえ,単独の代理店が,数十もの保険会社の保険料や解約返戻金の数値をデータベース化するのは,技術面,費用面の負担が大きい。このため,保険会社全体で保険料を情報開示する共通のプラットフォームの開設が求められる。保険業法の立法主旨は,「競争原理の導入」と「情報開示」の実現であり,今後「保険料の比較」は大きな時代の要請となろう。

■キーワード

 生命保険の商品比較,データベース化,情報開示

■本 文

『保険学雑誌』第612号 2011年(平成23年)3月 , pp. 87 − 94

これからの生保販売とネット生保

出口 治明

■アブストラクト

 本稿は,少子高齢化と1940年体制からの脱却問題に直面しているわが国の社会構造の変化に伴い,生命保険業界においても,低廉な保険料以外にも保険商品のわかりやすさ,商品比較情報の必要性など,消費者の真のニーズを踏まえたビジネスモデルの転換が不可避であることを指摘する。それらを受けて,新しいモデルの典型の一つであるネット生保の位置付けと意義を述べ,これからの生保商品・サービス,及び情報開示や比較情報の充実などの企業姿勢を含めた生保販売のあるべき姿と,目指す方向のために必要な仕組み,特に販売におけるベストアドバイス義務の担保について考察するものである。

■キーワード

 1940年体制,約款と保険料表の開示,ベストアドバイス義務

■本 文

『保険学雑誌』第612号 2011年(平成23年)3月 , pp. 95 − 114

ダイレクト損保の10年

北尾 敏明

■アブストラクト

 本稿は,1997年の損害保険の自由化以降,急成長を遂げてきた自動車保険を主力商品とする通販系損保(「ダイレクト損保」)の過去10年間のマーケティングを振り返る。2009年度の通販系損保9社のマーケットシェアは,自動車保険全体の5.4%まで拡大している。ダイレクト損保の揺籃期のマーケティング手法は,テレマーケティングが主体であったが,その後,インターネットのeコマース技術を応用したWebマーケティングが成長の原動力となってきた。ダイレクト損保は,ここ10年間で保険料,事故対応コスト,営業コストのそれぞれにおいて,大手対比,大幅な引き下げを実現してきた。しかし,保険引受利益面では,保険料比較サイトによる価格競争の影響もあり,ビジネスモデルとして十分とは言えない。今後の10年間は,Webをさらに活用した新しい顧客サービスの開発競争が激化するものと予想される。

■キーワード

 通信販売,Webマーケティング,保険料比較サイト

■本 文

『保険学雑誌』第612号 2011年(平成23年)3月 , pp. 115 − 126

中国における地域特性と保険政策

塔林 図雅

■アブストラクト

 本論文は,特殊中国事情をふまえた議論である。すなわち,持続的な高度経済成長と地域間経済格差の拡大という保険経営環境を背景に,保険政策のあり方について論じる。そのため,地域の事例研究を通じて,地域特性を浮き彫りにした。さらに,地域特性と保険政策の関係性について考察することによって,成長性が見込まれる中国保険市場において,いかに地域特性を考慮した保険政策を実行していくべきかを論じる。

■キーワード

 中国保険業,地域特性,保険政策

■本 文

『保険学雑誌』第612号 2011年(平成23年)3月 , pp. 159 − 177

日本の保険会社における経営統合効果の計測

久保 英也

■アブストラクト

 1990年代後半の規制緩和を受け,日本の保険業界においても新規参入と既存保険会社の再編成が加速した。その結果,大規模保険会社や実質的に生損保を兼営する保険グループが数多く誕生したが,本稿はこれらの経営統合の効果を明確に評価することを目的とする。
 確率的フロンティア生産関数を用いて計測した経営統合効果は,次の3点である。①事業費の圧縮や販売チャンネルの多様化など保険会社の効率化と消費者利便の向上に貢献。②損害保険業界の経営統合は大規模統合が効率性を押上げたのに対し,中規模統合は逆に効率性を押下げ。③生損保兼営グループという観点からは,生命保険会社が主体となったグループの効率性が高い。損害保険会社主体のグループは個人年金の拡販で売上効率は上昇するものの,利益効率は逆に悪化。
 効率性の改善はいまだ十分といえず,今後も日本の保険市場の成熟化を背景に今後も分野を超えた経営統合が見込まれる。

■キーワード

 確率的フロンティア生産関数,経営統合,効率性の要因分解

■本 文

『保険学雑誌』第612号 2011年(平成23年)3月 , pp. 179 − 198

医療保険の約款について

―生損医療保険約款の支払事由,免責事由を中心に―

小林 雅史

■アブストラクト

 生損の医療保険は傷害・疾病による入院に対して保障を行う点で大枠の商品性は類似しているが,生保の医療保険は災害保障特約を,損保の医療保険は傷害保険をベースとするという沿革から,細部は異なっている。支払事由,免責事由を中心に,それぞれの約款の特色に着目した比較を行う。

■キーワード

 約款,支払事由,免責事由

■本 文

『保険学雑誌』第612号 2011年(平成23年)3月 , pp. 199 − 218

規制緩和後の生命保険業界における競争促進と情報開示

岩瀬 大輔

■アブストラクト

 1996年の改正保険業法に始まった生命保険自由化の流れは,業界の市場構造に大きな変化を及ぼした。しかし,これを消費者利益の観点から改めて見ると,競争によって価格を引き下げ,剰余を消費者に還元するという目的は実現できていない。規制緩和によるメリットを消費者が十分に享受するためには,消費者がニーズに合った保険を選ぶために必要な情報開示をさらに強化する必要がある。具体的には,比較情報を流通させるための前提となる約款と保険料表の開示と,それらの情報を十分に使いこなすための前提として「購入者手引」の全契約者に向けた事前交付を,保険会社に義務付けるべきである。

■キーワード

 保険自由化,消費者利益,情報開示

■本 文

『保険学雑誌』第612号 2011年(平成23年)3月 , pp. 219 − 238

保険契約法における共済の位置付け

―共済の独自性を維持するために―

松崎 良

■アブストラクト

 保険契約法を共済に適用した場合には,共済と保険の差異の不明瞭化や私法体系上の不整合という不都合が発生しよう。共済は基本的には主体客体一体型の法律行為と把握すべきであるから,巨視的に見れば他の経済主体に危険を移転・転嫁しているとは言い難いから自家保障的側面が本来的側面であり,それ故に非契約的側面が中心になり,社員は四位一体の地位を兼併しているので夫々の地位は不可分一体に緊密に強固に結合している。共済行為は非営利保障であり,共済は特定性を特長とする保障である。共済規程は附合契約であるとは言い切れない側面を持っている。共済行為は共済に独特の法律行為であり,共済「契約」に中々収まり切らず,共済は保険契約法で規制されるべきではない。

■キーワード

 共済行為法,共済の非契約的側面,主体客体一体型の法律行為

■本 文

『保険学雑誌』第612号 2011年(平成23年)3月 , pp. 239 − 256