保険学雑誌 第600号 2008年(平成20年)3月

保険とリスクマネジメントの将来

―グローバリズムとRMI―

大城 裕二

■アブストラクト

 情報処理技術の飛躍的かつ持続的進歩は,社会経済に多くの変化を導き出している。情報化の波に乗って,広域的経済均質化のエネルギーは,20世紀末葉からグローバリズムの潮流を強力に推進させている。グローバリズムが引き起こす大なる変化の波は,その多様な影響力をもって将来変化の不確実性を高め,リスク環境の多様な変化を導き出している。不確実性に備える有力な施策であった保険についても,グローバリズムは,情報処理技術の顕著な進歩を背景にして,新しいリスク処理分野を開拓させながら,新しいリスク処理技術を開発させることになっている。保険の将来を見通す場合,グローバリズムに根差すリスク環境の分析が不可欠であることは自明の理であり,総合科学的観点において,益々,RMI(Risk Management and Insurance)の視座が展開されなければならない。

■キーワード

 グローバリズム,リスク環境の変化,RMI

■本 文

『保険学雑誌』第600号 2008年(平成20年)3月, pp. 47 − 63

金融自由化と保険業界

佐藤 保久

■アブストラクト

 わが国における金融自由化の過程を欧米諸国と比較してみると,日本的特色として,業務範囲の自由化が重視されてきたことを指摘できる。たとえば,金融機関利用者のメリットに直結する金利・株式売買手数料・保険料率等の自由化,特に小口取引に関わる自由化が,1990年代半ばから2000年にかけて完了した事実こそ,こうした日本的特質を明白に物語っているのである。
 損保業界も同様であり,2000年6月に料率自由化を完了している。一方,生保業界では,1960年代から契約者配当の自由化を実施してきたわけだが,利用者に周知する努力を欠いたため,こうした事実は意外と知られていない。
 本論では,旧大蔵省銀行局保険部の監督下にありながら,料率自由化に関し全く異なる対応を見せてきた生・損保両業界に注目し,自由化の経緯・経営面への影響等を比較・検証する

■キーワード

 第④分野の自由化,偉大なる実験,自己責任

■本 文

『保険学雑誌』第600号 2008年(平成20年)3月, pp. 65 − 84

生命保険の金融化現象

武田 久義

■アブストラクト

 1980年代以降,生命保険の商品・資産運用・販売面に大きな変化が生じた。この変化を金融化現象という点から考察している。商品面では一時払い養老保険と変額保険について,資産運用面では資金の増大に伴う資産運用の変化について考察した。そして販売面では,窓販の実施にいたる経緯と生命保険買取の金融的側面について検討を行った。なお,本稿では販売面における金融化現象を中心に考察を行っている。

■キーワード

 金融化現象,窓販,生命保険買取

■本 文

『保険学雑誌』第600号 2008年(平成20年)3月, pp. 85 − 100

新保険法立法の意義と課題

―体系論的視座を中心として―

村田 敏一

■アブストラクト

 新保険法(保険法の現代化)の立法過程が着実に進行している。改めて,立法の基本スタンスが,現行の定着化している実務に混乱を招かず,また将来的な新商品・サービスの提供を阻害しないことに置かれるべき点につき,確認する必要があろう。また,今回,相当数の導入が予定されている強行規定の意味内容や,保険契約類型の分類と規律内容の関係等についても,実務の混乱を避ける観点からも,引き続き,理論的な吟味を行う必要性があるものと考えられる。

■キーワード

 保険法の現代化,強行規定と任意規定,保険契約類型の分類

■本 文

『保険学雑誌』第600号 2008年(平成20年)3月, pp. 101 − 119

人身傷害補償保険の保険給付と請求権代位

山下 友信

■アブストラクト

 近時広く普及している自動車保険の人身傷害補償保険に基づき保険者が保険給付をした場合において保険者が請求権代位により取得する加害者に対する損害賠償請求権の範囲について裁判上争われる事例が見られるようになっており,地方裁判所レベルでは異なる判断を示すものが現れている。本稿は,これまでに提唱されている諸見解について,それぞれの問題点を分析した上で,約款の規定と代位に関する法原則をどのように調和させるべきかについての私見を提示しようとするものである。

■キーワード

 人身傷害補償保険,請求権代位

■本 文

『保険学雑誌』第600号 2008年(平成20年)3月, pp. 121 − 134

保険リスクとしてのタイミング・リスクについて

吉澤 卓哉

■アブストラクト

 本稿は,保険リスクの一種とされているタイミング・リスクについて,終身保険,定期保険,財産廃用保険に関する分析を通して検討するものである。
 そして,検討の結果,次の3点を主張する。第1に,タイミング・リスクとは,経済的入用が予定より早期に生ずることにより保険契約者に発生する経済的損害の可能性であり,一般に,長期契約において予定利率で保険料を割り引くことによって保険者へと移転させることができる。第2に,そのため,タイミング・リスクは,シビリティ・リスクの一種だと考えることができる。第3に,タイミング・リスクは,生命保険のみならず,財産保険にも取り込むことができる。

■キーワード

 タイミング・リスク,保険リスク,財産廃用保険

■本 文

『保険学雑誌』第600号 2008年(平成20年)3月, pp. 135 − 152

保険契約における保険事故の立証責任

甘利 公人

■アブストラクト

 最判平成13年4月20日は,傷害保険における保険事故の偶然性の立証責任について,保険金請求者がこれを負うものである,と判示した初めての最高裁判決である。この判決後,傷害保険以外の損害保険について,下級審裁判例において,請求者が保険事故の偶然性を立証しなければならないという判例が現れるようになった。しかし, 最高裁は,保険金請求者は偶然性を主張,立証すべき責任を負わず,保険契約者等の故意又は重過失によって保険事故が発生したことは,保険者において,免責事由として主張,立証する責任を負う,と判示した。最判平成13年以後の学説では,偶然という言葉だけからは請求者に立証責任があることにはならないという見解が有力であるが,今後の実務対応としては,⑴約款の故意免責の削除,⑵故意・重過失の立証責任の軽減,⑶間接事実による故意の推認の立証などがある。

■キーワード

 保険事故,偶然性,立証責任

■本 文

『保険学雑誌』第600号 2008年(平成20年)3月, pp. 153 − 171

生命保険業における地域構造に関するヒューリスティック研究

井口 富夫

■アブストラクト

 本稿は,日本の生命保険業における地域構造に関するヒューリスティック研究である。都道府県別のデータを用いて,生命保険会社全社については主要経済指標との相関係数を計算した。生命保険会社各社の都道府県別データを用いて,主成分分析を行なった。得られた主な結果は,全社の相関係数からは,①人口密度が高い県ほど,また1人当たり県民所得が高い県ほど,生命保険会社は積極的な活動を行なっている,②経営効率の県別格差は小さい,各社の主成分分析からは,③地方の県で活発な活動を行なっている,ということであった。

■キーワード

 生命保険,地域構造,主成分分析

■本 文

『保険学雑誌』第600号 2008年(平成20年)3月, pp. 173 − 187

保険者の錯誤

岡田 豊基

■アブストラクト

 「保険契約の錯誤による無効の問題は,主として,生命保険契約における告知義務違反(商法678条)の問題と関連し,錯誤について定める民法95条は商法678条によって適用排除されるのか,保険者が被保険者の健康状態に関する判断を誤ったことが要素の錯誤に該当するか等について論じられてきた。また,とりわけ,変額保険契約の有効性を巡って,保険契約者側に錯誤があったとして当該契約を無効とするものも多い。
 これに対して,近時,保険者が錯誤による契約無効を主張する事案がみられる。そこで,本稿において,保険者の錯誤に関する主な裁判例(告知義務違反の事案は除く。)を概観し,その問題点を探る。」

■キーワード

 保険者の錯誤

■本 文

『保険学雑誌』第600号 2008年(平成20年)3月, pp. 189 − 207

保険契約法と共済について

―保険法部会「中間試案」における保険契約法の「適用範囲」を中心に―

押尾 直志

■アブストラクト

 保険法部会「中間試案」において提起された最も重要な問題は,保険契約法の「適用範囲」に「共済」を含めることである。商法の「保険」に関する規律を見直す上で,第502条に規定する「営業的商行為」としての性質を曖昧にするだけでなく,「共済」の歴史的,社会的使命・役割および意義を軽視する虞がある。
 保険法学による共済規制論は,とくに1970年代以降,市場経済が混迷し国民の生活不安が増大する中で,共済運動が新たな発展段階に移行していくのと軌を一にして展開され,2005年改定の保険業法および保険法部会「中間試案」に色濃く反映されている。
 保険法学は保険技術的・法形式的視点から「保険」と「共済」を同一視することによって一元的規制論を主張するのであり,「共済」を性格・特徴づける組織・運営原則を考慮の範囲外に置いている。したがって,保険法部会「中間試案」において示された保険契約法の「適用範囲」に「共済」を含める方針は再検討されなければならないであろう。

■キーワード

 保険契約法の「適用範囲」,「営業的商行為」としての「保険」,共済。

■本 文

『保険学雑誌』第600号 2008年(平成20年)3月, pp. 209 − 226

キャッシュフロー予測モデルの利用可能性の検証

―生命保険会社の融資復活に向けて―

久保 英也

■アブストラクト

 生命保険会社の主要な資産運用手段の一つである融資の低迷は,運用競争力を失うのみならず,保険負債を考えれば,ALM 上も問題が多い。その主因の1つは,横並び金利の提供など生命保険会社独自の信用リスク評価の欠如にある。強みである資金の長期性を生かすには,長期の信用リスクスプレッドについての独自の評価が必要となる。
 本稿では,破産確率の算出や長期の信用リスクスプレッドの評価に不可欠な「キャッシュフロー予測モデル」を作成し,その利用可能性を探る。22の産業モデルの中から,今回は,製造業素材産業からは鉄鋼業,同加工産業からは電機機械業,非製造業からは電力業を代表して取り上げ,産業とそこに属する主要企業とのキャッシュフロー予測モデルの評価を行った。
 いずれも,各産業,各企業の収益構造の特徴をよく摑んでおり,これに定性判断を組み合わせれば,信頼性の高い長期のキャッシュフロー予測が可能になると考える。

■キーワード

 景気循環,キャッシュフロー予測,計量推計値と定性判断

■本 文

『保険学雑誌』第600号 2008年(平成20年)3月, pp. 227 − 246

保険商品の銀行窓販と拡張メカニズム

小藤 康夫

■アブストラクト

 保険商品の販売チャネルは損保商品が代理店,生保商品は営業職員が主流になっている。だが,最近では「銀行による保険商品の窓口販売」も新しい販売チャネルとして注目を集めている。それは段階的に対象商品を広げながら,2007年末には保障性の高い保険商品を含めたすべての保険商品が銀行の窓口で取り扱えるようになった。これにより銀行窓販が従来の販売チャネルに代替する有力な手段として確立したことになる。本論文の目的は保険商品の銀行窓販がもたらすメリットとデメリットを整理しながら,そのことが保険会社の具体的な最終目標である保有契約高にどのような影響をもたらすかをシステムダイナミックスのソフトである「ステラ」を用いて描くことにある。それにより弊害防止措置が実行された時の拡張メカニズムを示すとともに,情報共有規制を緩めれば,さらに拡大することも明らかにしたい。これにより銀行窓販を活かす要因がわかるであろう。

■キーワード

 銀行窓販,弊害防止措置,情報共有規制

■本 文

『保険学雑誌』第600号 2008年(平成20年)3月, pp. 247 − 262

地震リスクと地震保険

堀田 一吉

■アブストラクト

 地震リスクには,他のリスクと比較してさまざまな特性があり,そのために保険困難な要素が多い。これを克服するために,空間的リスクに加えて,時間的リスクを大幅に取り込むことで,リスク分散を実現しようとする。しかしこれは,保険原理の観点からは,重大な問題を含んでいる。そこで,本稿では,非常に特異な性質を有する地震保険について,保険原理に照らしながら,構造的特徴ならびに限界について考察しながら,官民役割分担のあり方について論じる。とりわけ,地震保険に見られる逆選択現象の本質を捉えつつ,その対処策として採用されている地域別料率について,過度の採用は水平的不公平を増大させる恐れがあることから,むしろ,耐震構造に対するウェイトを高めた料率設定を行うことが,契約者間の公平性に照らして望ましいことを主張する。

■キーワード

 地震保険,逆選択,官民役割論

■本 文

『保険学雑誌』第600号 2008年(平成20年)3月, pp. 263 − 282

韓国における保険会社の情報公開と格付け

李洪茂

■アブストラクト

 韓国における保険消費者に対する情報公開は,監督のための情報と消費者のための情報を区分して行われている。この中で,損害保険協会と生命保険協会による保険商品の比較公示によって,各社が部分的な比較を行うときの問題点を解決している。また,銀行の過当な募集手数料の引き上げを抑制するため,銀行の募集手数料率が比較公示されている。さらに,韓国の保険業界を含む金融業界は,「休眠口座統合照会」と「金融取引照会サービス」によって,保険金を含む金融商品全般の請求漏れの一括的な防止に努めている。この韓国における情報公開と格付けをめぐる動きは,ソールベンシーマージン比率を中心にして保険会社の情報公開が行われている日本に示唆するところが大きい。

■キーワード

 情報公開,保険金請求漏れ,比較情報

■本 文

『保険学雑誌』第600号 2008年(平成20年)3月, pp. 283 − 300